「鳥海山にブナの森の復元を!」

                         −  人と自然の共生をめざして  −

 

           私たちは「出羽富士」と呼ばれる美しい山、鳥海山の麓に住んでいます。      

           この山の周りに住む人々は、はるか縄文の昔から鳥海山の自然の恵みを受けて暮らして来ま 

           した。この、鳥海山がもたらしてくれた自然の恵みというのは、山を埋めつくしていたブナ

           の原生林と、山に積もった白い雪とによってつくられたものでした。

 

            森林生態学者の四手井氏は、「ブナ帯文化」という本の中で、次のように書いています。

               「私が1937年(昭和12年)の春、最初に就職したのは、山林局の秋田営林署局であ

             った。秋田に着いて辞令を貰って早々、下宿も何も準備していないのに、その日のうちに本

             荘営林署にやられた。今でこそ二営林署(本荘、矢島)に分かれているが、当時の本荘営林

             署は鳥海山から海岸の黒松砂防林を含む広大な面積を担当する営林署であった。

             (中略)

             平野部や山裾には暖温帯性の落葉広葉樹林と言われるクヌギ、アベマキの林やケヤキの大木

             も残っているが、ほんの少し山地に入れば、そこは世界の北半球冷温帯特有のブナを主とし 

             て、ミズナラのの混じった森林が広く分布しているのである。このブナ林は鳥海山腹をくま 

             なく覆っていたと言ってよい。

             山裾はいわゆる里山で、薪炭の生産のため二次林化したり、採草地化した所も多かったが少 

             し奥地へ入るとヘクタール当たり数百立方メートルにもなるブナの原生密林もあり、疎立し 

             た大木林もあった。(中略)出羽山地に属する、鳥海、月山、飯豊の諸山には亜高帯の針葉

             樹林を欠き、ブナ森林限界を形づくり、いわゆる偽高山帯には実に素晴らしいブナの美林が

             当時は存在していたのである。」  

 

              この鳥海山の広大なブナの原生林は、はるかな昔から幾世代にも渡って天然更新を続け、

             その姿を保ってきたのです。それは、日本海側のブナは活力が高く、豪雪にも強いので、 

            鳥海山の風土によくマッチした樹木だったからなのです。   

             しかし、明治以後の産業の近代化、特に第二次世界大戦後の復興のために、木材やパル

            プの需要が高くなり、ブナ林の伐採が広範囲に渡って行われました。そして、多くのブナ

            林がその姿を消してしまいました。鳥海山のブナも例外ではありません。 

             象潟町の霊峰のあたりから鉾立までのブナ林は、かつては東は奈曽渓谷の崖っぷちから  

            はるか西南の笙ヶ岳下までの広い範囲をうずめつくしていたのですが、今はほとんど姿を 

            消してしまいました。中島台の原生林は秘境と言ってもいいほどの素晴らしいものでした 

            が見る影も無くなってしまいました。

             矢島登山道の二合目の木境から五合目の祓川下までが、広い鬱蒼としたブナの原生林で、 

            ものすごく大きいブナが見渡す限りであったのですが、今は登山道の傍らに観察保存林と 

            して申し訳程度に残されているに過ぎません。 

 

          1.ブナの森は豪雪に強く、鳥海山には良く似合う       

             鳥海山は東北地方にあっては、日本海に一番近くて高い独立峰です。だから、この山に 

            は冬になると日本海から吹いてくる強い季節風とそれによってもたらされる豪雪とがつき 

            まとっています。日本海側に生えているブナは活力が高く地中にしっかりと深く根を張っ    

            て、200年も300年も生き続け、巨大な樹木に成長します。 

             葉を落として身軽になったブナは、冬の豪雪や季節風に難無く耐えることができます。 

            ですからブナの林は、鳥海山に似合っているのです。そればかりではありません。ブナの                     

            木の下には多くの積雪がありますが、この雪をしっかりと支えて、雪崩を防いだり、雪解

            けを徐々に進めて洪水を防いだりする役目もしているでしょう。 

             そして、さらに樹間に積もった雪は、その下に生きる低い木や草などの植物や虫などの

            生き物たちを、冬の寒さから守ってくれる役目もしています。

                                                                   

          2.ブナの森は自然の巨大なダムとなります 

             ブナは直径40cmの木で役10万枚、60cmの木で約36万枚の葉を付けます。こ

            の1枚1枚が大気中の二酸化炭素を吸収し、自分に必要な栄養と動物たちに与える栄養を 

            つくり、新鮮な酸素をも作り出しています。けれども、もっと大切なことはブナの葉の多 

            量な落ち葉にあるのです。ブナの森では1ヘクタール(約1町歩)当たり、年1.3t〜

            9t位の葉を落とします。これが地表にたまり、厚いスポンジ状の腐葉土の層を作ります。 

            このスポンジ状の層が、保水能力を高め、雨水を溜め込みます。そして、この水が徐々に 

            地中にしみ込んで、何年間も地下水として溜められていきます。ブナの森は人工のダムよ 

            りも何倍もの水を溜め込む、自然のダムなのです。 

             そして、この自然のダムは、川の安定した流れを保証しているのです。もし、この腐葉 

            土の層が無くなったら、雨水は地表を走るように流れ洪水を引き起こしてしまうでしょう。 

  

          3.ブナの森からの自然の恵み  − 山菜から魚場まで −  

             ブナの森の多量の落ち葉は長い年月をかけて、腐葉土となりますが、この豊かな土壌が   

            様々な植物を育み、植物が虫や鳥、獣たちを養います。  

             ブナの実は動物たちの大切な餌であります。ブナの森は、多様な生命を育む命の森と言

            うことができます。人々もまた、ブナの森から生活に必要な薪や炭、山菜そして熊やウサ 

            ギなどの獲物をもらい受けていました。 

             それだけではありません。ブナの腐葉土層に溜め込まれた水は、腐葉土から栄養分を沢 

            山もらいうけ、栄養分がたっぷり溶け込んだ水に変わります。 

             これが、鳥海山麓一帯に湧き出る湧水なのです。湧水は雄物川や子吉川、白雪川や奈曽 

            川、月光川や牛渡川となって海に注ぎます。この豊かで安定した川の流れは、広い水田を 

            潤し農業を発展させてきました。  

             また、海から川に遡上するアユやマスやサケに餌や産卵場を与え、稚魚を育ててきまし

            た。縄文時代に作られた矢島の「サケ石」や月光川などに伝えられている「サケの大助、小 

            助」の行事や伝承は、このことを物語ると思われます。 

             さらに重要なのは、ブナの腐葉土から栄養分を貰った川の水は、海に流れ込んで海中の 

            プランクトンや海藻を育てています。川から流れ込む水に、腐葉土から溶け出した。腐食          

            物質が含まれていないと、貝や魚の必要な餌となるプランクトンや海藻がうまく育たない

            と言われています。そうなると貝や魚の数も減り、魚場も貧しくなってしまうのです。沿 

            岸漁業を豊かにするにも、ブナの森が必要です。
 

 

             私たちは、このようなことからブナの伐採跡地にはブナの森の再生・復元が必要だと考

            えます。今なら間に合います。ブナを植えて育てましょう。 

             鳥海山麓一帯にブナの森を再生・復活させるために秋田県、山形県、国有地・民有地を 

            問わず植え続けましょう。こつこつと、大人も子供も、男も女もみんなで植えましょう。

            植えるブナの苗も育てましょう。親から子へ受け継ぎ100年かけて育てましょう。

             その時、きっと夢がかないブナの森が鳥海山に甦ることでしょう。 

             

             これは、人と自然との共生を保ち、次世代へ良い地球環境を残す偉大な仕事となるでしょう。