シ ル バ ー 物 語

   

      2000年6月、朝舎外する時に一番最初に元気に飛び出して行く、大道がお気に入りの「シルバー君」が夕方に
    なっても帰って来ません。
     翌日の夕方、トラップ台の前で入舎しないでじっとしています。「帰って来たか。もう入ってもいいよ。」と声を
    かけると、片足を引きずりながら、痛々しげに入舎しました。いつもと様子が違うので捕まえてみると、お腹の所
    が裂けて肉が見えていました。怪我をした鳩を扱うのは始めて。これは大変だぞと、動物病院へ電話しました。鳩
    は診療したことはないが、とにかく診てくれると言うことで急いで病院へ。

     お腹の肉が見えているので、縫合した方が良いという話。ただ残っている皮膚を引っ張って縫合するので、歩く
    のに支障が出るかもしれないとのこと。病院の待合室でこれを聞いた大道は「もう飛べなくなるかもしれない」と、
    ボロボロ涙を流し始めました。
     兄の大輔が「大道大丈夫だから、怪我が治れば元気になって飛ぶから」となぐさめています。
     
     先生に「縫合に40分くらいかかるから、一旦家に帰ってもいいですよ」と言われましたが、大道は「ここで待って
    いる」と言います。
     治療が終わるまでうつむいたままめそめそしながら、鼻をすすっています。本当に「シルバー君」のことが心配な
    ようです。

      ようやく十数針もの縫合が終わり、治療薬も出してもらいました。

     家に帰った大道に、お母さんが「怪我をしても、大道のところにがんばって帰って来てくれて良かったね!」。こ
    の言葉にうなずきながら、またボロボロと涙を流し始めました。

     この日から毎日1週間、兄弟2人で怪我をした鳩に薬を飲ませてあげる日が続きました。
    鳩舎に戻せるほど順調に回復しました。鳩舎に戻して3日目に舎外に出しました。痛々しげですが、どうにか飛ぼ
    うとしています。
     日増しに傷も良くなり、他の鳩と一緒に飛べるようになりました。
     7月になり、訓練を始めました。「シルバー君」は10k〜50kまで、頑張って帰って来ました。
     いよいよ9月になり、初めてのレース参戦です!100k、200kは順調に帰還してくれました。200kは
    文部大臣賞で連合会2位になりました。
     大道は300kは参加させないで、翌年の春のレースに参加させることに決めました。いよいよ300kジュニ
    アレースです。持ち寄りの時間なので、参加させる予定の鳩(羽色WS)を捕まえてみると、羽根が変形して生え
    てきています。
     急遽「シルバー君」を参加せざるを得なくなりました。200kレースで帰ったのは、「シルバー君」と「ホワイト
    シルバー」の2羽だけです。
     大道は「帰って来ないような気がするから、出したくない!」と言い張ります。もちろん自分が一番気に入って可
    愛がっている鳩に無理はさせないつもりだったようです。
     1羽も出さないと、ジュニアレースが成立しなくなります。20分ほど説得しました。「もう帰って来ないと思う
    けどいいよ」と泣きながら300kジュニアレース参加を承諾してくれました。「がんばれよ」と、頭をなでてあげな
    がら、最後の挨拶です。
     持ち寄りには大道は来ませんでした。

     レース当日、日が暮れるまで「シルバー君」を待っていましたが、帰ってきませんでした。「シルバー君」と同腹の
    大輔の「ジル号」も帰って来
ませんでした。

     大道は今でも「シルバー君」が帰って来ると信じています。時々、思い出したように「シルバー君、今ごろどこで
    何をしているかな」と、言います。
    昨秋300kジュニアレースに参加する予定だったホワイトシルバーが今春の300kジュニアレースで優勝しま
    した。
    これも昨秋の300kレースに「シルバー君」が参加くれたお陰だと話してあげました。ホワイトシルバーが予定通
    り昨秋の300kジュニアレースに参加していたら帰って来ていなかったかもしれません。「シルバー君」がいなか
    ったら、ホワイトシルバーの300kジュニアレース優勝はなかったはずです。

     今でも、「シルバー君」は大道の心の中でガリバー鳩舎に向かって飛び続けています。

  

シルバー君