119番   H11・9/12


 「助けてくれるのか!」
俺は叫んだ。
 

 男は目の前で注射針を右手で上に向かって押した。
スルッと液体が飛散する。
薬物だ。「殺される!」夢でないと分かり切ってるこの現実に俺は縛られ床に仰向けに横たわり猿ぐつわを噛まされながら「ウーウー」と必死でもがくしかない。
静脈に針が入った瞬間、体がコンクリートの床を通り抜け地中深く吸い込まれていくようだった。

 太い梁につけられた滑車からガラガラと鎖が引かれその先のフックが縛られた両足のロープにかけられる。そうだ俺は賭けに負けたのだ。イカサマがばれ2度とカードを持てぬように指先をつぶされた。
 吊された俺の長い髪はまるでほうきのようになり床に触れている。
混濁した頭の中で体が深海に潜むアンコウの体のようにぶよぶよに膨れ上がり今にも破裂しそうな錯覚を覚える。

 アイダホの太っちょファッツはカードを持たずに代わりに長めの肉切り包丁を
2本持ってきた。
「ジャキジャキ」と目の前で両手で研ぎそして舐めた。
「吊し切りか.....」俺はミノムシのように体を揺らそうとしてみるが体が全くしびれ言うことを聞かない。


 ザクリと腿に袈裟懸けされるように長包丁が入った。
「ブシュー」と音がし映画で三船に斬られた仲代達也のように血しぶきが
吹き上がりボタボタ血が床にシャワーのように落ちる。
 それから血が体を朱に染め流れ落ち鼻にごぼごぼ入り俺はごふごふと咽せた。
ほうきのような髪の先は朱筆のようになっているだろう。

 「習字の添削に使ってくれよ....ファッツ」言おうとしても声がでないし眼に血が入り回りが見えなくなった。

 不思議と薬物のせいなのか痛みはない。混濁した意識で俺は観念した。
「母さん、讃岐うどんおいしかったよ」
「由貴子、ブリ照りちょっとしょっぱかったぞ。子供の体操着忘れるなよ。」
「桜子、合い鍵はベゴニアの鉢の下だ。靴下ももういらないよ」

 人は死ぬ前につまらないことを思い出すものさと一度心臓が止まり奇跡的に
蘇生しそして3日後に死んだ祖父が言っていたがどうやら本当らしい。走馬燈のように小さい頃からの記憶がよみがえる事もなかった。

 ドクドク鮮血が吹きだすなかアイダホの太っちょファッツは俺の眼に入った血を
タオルで拭い目の前にコードレスの電話機を持ってきて太い指で1 1 9と押しスピーカーをオンにした。

「助けてくれるのか!」
俺は叫んだ。
 
 5回ほどコールした後のことだ。
「お電話ありがとうございます。ただいま留守にしております。ご用の方はピー
となりましたらご用件を・・・ピー」女の声が流れた。

俺は慌てて言った。
 「あ、あの〜もしもし!救急車をお願いします。場所は赤坂プラトンビルの地下、あ、間違いました。トランプビルです。なるべく早くお願いします!出血大サービス、アワワ、間違いました。出血多量なんです。痛みはないんですが」

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