線路まで5m位しか離れていないが店は揺れたりする事はなかった。 じゃり電とよばれていた世田谷線の2両編成の緑の電車は駅の近くということもありゴーッという加速の音やブレーキの鈍い音と共にHの店の窓からヘッドライトのオレンジ色の光を店に投げかける。 ゴーッという音の中シゲちゃんが、矢沢永吉の話をしている。 シゲちゃんは昔、ロブバードというバンドでヴォーカルをしていた。 個人的なつき合いは全くなく、ママさんから「ロブバードって知ってる?」と聞かれ名前だけは知っていたがそんなに詳しく知っていたわけではない。(80年代にはもう解散していた) 彼は矢沢永吉のレコーディングの話を教えてくれる。 後にノーバディというグループを組んだ矢沢のバックバンドの2人と親しかったらしく彼らから聞いた話を教えてくれるのだった。色々面白い話があったのだが全部は覚えていない。 その中で一番印象に残っているのはギタリストの吉川忠英(吉川団十郎じゃないですよ^^;)をレコーディングに頼んだときの話である。当時のアコーステッィクギターの第1人者である吉川忠英は正確な切れのいいリズムを淡々と刻んでいたらしい。 矢沢は体を揺らし自分のリズムでギタリストをあおる。 そうやって互いに一体感を感じ自分をさらに乗せて行くタイプなのだろう。 しかし吉川忠英はそんな矢沢を意に介せず淡々と表情も変えずに黙々と機械的にリズムを刻みつづける。それがノリノリの矢沢には面白くなかったらしい。突然彼をやめさせて、後のノーバディの一人に(確か相沢か木原だと思うがあやふやです。)「お前弾け!」といって弾かせた。 シゲちゃんは「あの日本で一番の吉川さんを降ろしてだよ!」と言う。 当時スタジオでのアコースティックギターというと私の頭の中では吉川忠英と石川鷹彦(吉田たくろうのレコードなどに参加)がすぐ浮かんだ頃だ。 シゲちゃんはHに来る客の中ではやっぱりミュージシャンだなという雰囲気を持っていた。 彼の友人?のヒロスケ(今は兵藤ユキの旦那らしいが、昔は歌手、ハングマンというTV番組の主題歌を歌っていた事もある。)もたまに店に来ていたが、 彼は関西人らしく阪神が勝つとえらい機嫌のいいただのおやじさんという感じでミュージシャンという風には見えなかった。(実は私は彼のレコードを昔持っていた。酒を飲みながら聞くにはいい曲で私は邦楽を買うことはほとんどないがなぜか彼のどっかブルーな曲が好きだったのである。最もレコード持ってたと言ったとき彼は変な顔をしたが^^;) それに比べシゲちゃんは芸能人という雰囲気があった。彼はロブバードを解散した後一人だけ事務所と契約できたらしい。つまり彼以外はお払い箱みたいな話をママさんから聞いた記憶がある。 そのシゲちゃんが下北沢の新装なった本多劇場でコンサートをするというので我々店の常連客の何人かがチケットを買い出かけた。キャパは500名くらいだったと思うがほぼ満員。私はママさんと一緒に中段の席でステージを見下ろしていた。 シゲちゃんが颯爽とでてきて歌う前だったか、何曲か歌った後だが忘れたが、MCみたいなときに言った。「お前ら早く来いよな!」客がワーッと言う。 私には彼の歌った曲で聞いたことのある歌は全くなかった。 シゲちゃんは普段はバックコーラスとかの仕事をしているらしいとママさんから聞いていた私の耳には、ステージで言った「早く来いよな!」と言うシゲちゃんの声はその日の客の出足が最初鈍かったからなのか、それとももう少し早い時期にこんなにファンが一杯来てくれてたらの思いなのかと後でHで酒を飲みながら考えた。 その日は結構早い時間から客は埋まっていたような気がするが、自分がその人を多少なりとも知っており、またその時の自分の気持ちのぶれとかもあったりするので、シゲちゃんの言葉にはそんな深い意味はなかったのかもしれない。 次回は 続・ミュージシャン列伝です。 現在は売れっ子のスタジオミュージシャンになった人の話です。 |