ベトナムの話は今回が最後です。ストリートチルドレンと呼ばれる、物乞いをする貧しい家庭の子どもや浮浪児は都市部や観光地に大勢いましたが、私は小柄なせいか子どもの視界に入りやすいようですぐ物乞いをされ、友人に「全く物乞いの子どもに好かれる!」とうんざりされていました。
忘れることのできない物乞いの子どもに出会ったのは、ホーチミンのチャイナタウンです。
観光地にいた貧しい家庭の物乞いの子ども達は、遊んでいて観光客がくると物乞いをし、お金を貰えても貰えなくても、すぐに兄弟姉妹や仲間と遊びに戻ることが日常の様子でかわいらしいとも言えます。
ところがチャイナタウンで物乞いをしていた子ども達は、物乞いを強制する親方の下で働いているような必死さがありました。7〜8人いたでしょうか。
その中で私のところに寄ってきた5〜6歳の女の子は「お金をくれてもいいのに、どうしてくれないの?」という拗ねたような甘えたようなしぐさで、べそをかいていました。
当時の姪と同年代で似ていたこともあり、持っていたドン札の1枚を渡しました。日本円で20円相当(2000ドン)のつもりでしたが違っていたかもしれません。めったにもらえない高額だったことは、子ども達の様子でわかりました。紙幣を受け取った子どものまわりに集まってその紙幣を見た他の子ども達が、「気前がいいのはあの人」と言うように皆で私を見ていたからです。

それからその子ども達が自分も貰えるかもしれないと私のところに集まってきました。
その子ども達のリーダー格の9歳位の少女は綺麗な金髪で、容姿と顔立ちの造りの良さは、白人の少女として見てもパーフェクトと表現できます。捨てられた私生児なのかもしれません。
金髪の少女は勝ち気な性格らしくチャイナタウンの市場を見て歩く私たちの後を、いくらだめと言ってもお金をねだりながら長い間ついてきました。ストリートチルドレンの姿はありふれた光景で、お金を渡していたらきりがないので、ほとんどの人々が無視して通り過ぎる世界です。
友人がうんざりしていたこともあり、お金を渡しませんでしたので、少女に何度か背中を叩かれもしました。
ベトナム戦争直後は、金髪のストリートチルドレンは大勢いたことと思います。戦後20年の当時は、チャイナタウンの金髪の子はその少女ひとりで、黒い髪のアジア人の中で本当に目立っていました。

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