1984.9.11 MIDIレコード発足記念会見特集
| 9/11放送 |
MIDIレコード発足記念会見特集 |
| 曲名 |
アーティスト名 |
収録CD・番号 |
| セルフ・ポートレイト |
坂本龍一 |
| 土曜の夜はパラダイス |
エポ |
| B.B.L.B |
ムーンライダーズ |
| モーメンツ |
高橋鮎生 |
| 恋する惑星 |
鈴木さえ子 |
BVCR-5020「科学と神秘」 |
| 宇宙みつけた |
大貫妙子 |
| チベタン・ダンス |
坂本龍一 |
放送概要など
「 」内は坂本龍一氏のコメントの抜粋。
それ以外は榛野まなみ(アルコ堂)の解説です。
この日、東京プリンスホテルで行われた、MIDIレコード発足発表を特集しました。
所属したアーティストのコメントと、そのコメントに対する坂本氏のコメントを紹介します。
ちなみに、MIDIは仲の良いアーティストたちが集まって作ったレコード会社。
スクールレーベル、ディアハートレーベルに分かれていて、
前者には坂本龍一氏、高橋鮎生氏が所属、
後者には、ムーンライダース、大貫妙子、EPO、鈴木さえ子が所属していました。
(当時)
坂本龍一コメント
「最初僕と宮田氏の話し合いがきっかけになりこういう結果になりました。
スクールというのは学校の意味なんですが、元々は派閥の派ですね。
学校というと最近は校内暴力など、非常に悪いイメージがあるけれど、
いい面を見てみるとそこには色々な階層の人が集まって、
色々な趣味、情報、技術を持った人が集まって、
非常にスピーディーな情報や技術の交換が行われていい面があると思います。
そういう発想でスクールを作りました」
記者の前でしどろもどろになっている坂本氏。
「良く分かるような分からないような記者発表でした」と自らの会見を解説しました。
「セルフ・ポートレート/坂本龍一」
EPOコメント
「みなさんのお手元に配られているアーティストのプロフィールをご覧になると分かりますが、
どの方も重く長いキャリアを持った方たちばかりで、私は特異な場所にいると思いますが、
そういう立場の分、軽やかにフットワークも軽く音楽活動を続けていきたいと思います」
EPOコメントに対する坂本氏コメント
「すごい優等生ですね。新体操という感じですね。いつもこうなんでしょうか。
僕の長々とした良く分からないコメントの後に、短くきめるというところなんかさすがという感じ
気配りですね。EPOがいるからMIDIは大丈夫という話もあるのですが」
「土曜の夜はパラダイス/EPO」
「なんかFM東京という感じですね(笑)。
だってかからないって感じでしょ、佐野(元春)くんのところでもないし」
鈴木慶一氏コメント
「ムーンライダースというのは、重く長いキャリアがありまして、
数々のレコード会社を転々としまして、音楽界の江夏とかいわれています(爆笑)。
さきほど、教授から学校という話が出ました。
学校というと僕はほとんどいかなかったタイプでしたが、
各自がいろいろな学校があると思います。
僕は年代が学校であったと思います。
64年にビートルズが出てきた時が一つの学校であったり、
68、9年、ニューロック、アートロックが出た時が一つの学校であったり、
76、7年、ニューウエーブが出てきた時が一つの学校であったりしたわけです。
今後、このMIDIを一つの学校にしていきたいです」
「いいこというね・・・」としみじみ感想を述べる坂本氏。
「B.B.L.B/ムーンライダース」
「もはや日本最古のバンドとなってしまいました」
高橋鮎生氏コメント
「高橋鮎生です。土曜日にニューヨークから帰ってきたばかりです。
今回はわりと自由に出来たと思います。
一つの枠にとらわれず、(言葉を選んでいる)
今後ミディレコードで自由に出来るんではないかと思っています」
「本当、僕といい鮎生といい、スクールにいる二人はどうしてしゃべりが下手なんだろう」
「モーメンツ/高橋鮎生」
「こんなに流暢に英語をしゃべるのに。
なんか、誰かも言っていたけれどディアハートが明るく、スクールは暗い(笑)
今後、誰が入るかで変わってくるのだろうけれど」
追伸:その後スクールでは坂本、高橋以外にはオネアミスの翼」のサウンドトラックが出ただけという話も。
鈴木さえ子氏コメント
「ここにいるみんなと違いは家庭と仕事との両立させるということで、
心温かいスタッフの持ち上げとか、辞めたい時の引き止めとか、
そういうことをスタッフに期待したいし、
夫婦二人がお世話になるので、レコード会社の繁栄は家庭の円満につながるし、
・・・ということです」
「家庭人鈴木さえ子のコメントでした」
「恋する惑星/鈴木さえ子」
「次はディアハートレーベルアーティスト協会組長みたいな(笑)大貫妙子さんです」
大貫妙子氏コメント
「RVCに移籍してから、もう六年。今年七年目になりますけれど、
ちょうど七年目にMIDIに移籍になりました。
RVCに移籍してから、地方営業の方を始め、スタッフの温かい励ましで、
売れなかったレコードも徐々に売れ出して、MIDI移籍を心苦しく思っていたのですが、
今度は販売の方でお世話になるということで、みなさんとお仕事が出来るということで、
うれしく思っています。
それと同時に、坂本くん、いえ坂本さん(笑)とは一枚目からずっとお仕事していまして、
今回、良いご縁で(笑)一緒のレコード会社を作ることができまして、
とても楽しく、いえ嬉しく思っています。
とても心強い気持ちでいっぱいです」
「すごく話しがうまくなりましたね。安心して聞いていられるというか。
おばさまの貫禄が出てきましたね」
「宇宙みつけた/大貫妙子」
坂本龍一最終コメント
「今後のスクールのアーティストですが、
偶然の機会を生かして出会った人と一緒に出来たらと思います。
音楽的なスクールのレーベルカラーは特にありません。
今後新しい可能性を持ったアーティストに機会を与える場に出来たらと思います」
「チベタンダンス/坂本龍一」
「このMIDIを利用して面白いことをやっていきたいと思っています」
その他当日話されたミニ情報:
両眼微笑が音楽図鑑に入らなかった。
本邦初公開の「セルフポートレート」。坂本氏いわく、聴かせたくなかった・・・と一言。
ということで、この回のサウンドストリートの内容はMIDI発足会見の模様でした。
この時期の細野さんのノンスタンダード、モナド、坂本さんのスクールでの活動は、
個人的にとても好きです。YMO散開後の彼らの方向性が垣間見られるし、
何より音楽的に非常に好感が持てるのです。
それにしても、豪華な顔ぶれが揃っていましたねぇ・・・。
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