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| メディア・タイトル | 感想(その日の気分)・備考など |
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CD 結局今年もこの曲からスタート。新年を迎えるにあたり完全に定番曲となっている。 アルバム自体は昨年発売された「優しさの意味」が個人的に西村由紀江作品として ベストアルバムになっているということもあり、 新年に入り一番最初に聴くべきなのだろうが、 やはり単独曲として一番好きなこの曲を無視するわけにはいかなかった。 初めて聴いた時の気分、 その後一枚一枚と彼女のアルバムを揃える課程での楽しさ、 完全にオリジナルアルバムが揃った時の喜び、 リアルタイムで新しい作品に触れた嬉しさ、 実際に生の演奏を体験したあの日の気持ち…。 そしてなにより自分だけが楽しんでいた音楽を、 周囲にいる大切な人たちが聴き始めたこと…。 この曲がなければおそらくその数々の感情や経験は生まれはしなかったし、 それら一つ一つの気持ちは忘れることはないだろう。 たった一曲の音楽を知ったことで確実に自分の中にある何かが変化する。 この曲にはそんな音楽が喚起するマジックが隠されていた。 そしてそれを見つけだすことができるのは他ならない、自分自身でしかないということ。 最新の流行や情報を必死で追い続けて、自分をいつのまにか見失うよりも、 自分にしか感じ取れない何かを見つける努力をしたい。 人生は短い。新しい年を迎えるということでまた一歩「死」に近づいているとするならば、 せめて精一杯自分を追求する毎日にしたい。そのための鍵の一つが「音楽」だとしたら…。 それにしても「ひだまり」という言葉のあたたかさが年ごとに染みるのは、 やはり失われていくものに対する「哀」なのだろうか。 生き続けていくこと。それが何かを得ると同時に確実に何かを失うことのくり返しだとしても (例え失うものが多いとしても)それでも生きていくしかないのだ、おそらく。 せめて「ひだまり」を胸に秘めながら静かに生きていこうか。
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・インプット〜 MOOK「バイストンウェル物語」
・言葉〜
「優しさ届きますように…/西村由紀江」
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CD サイズのアルバム中、唯一所有していなかったアルバムを入手。 個人的に松浦氏の作り出す(未知なる)音自体が好きなので、 アコースティックな音で仕上げたという情報があったため、 今まで聴くことがなかったということに過ぎないのだが、 つくづく惜しいことをした。 感想としてメロディーの良さがまず第一に挙げられる。 特にオリジナルヴァージョンでは好きになれなかった「セパレイト・ブルー」、 そして「EARTH」の二曲が際だっていい。 前者についてはボーカル担当チャカが「歌う度ごとに泣きそうになる」というコメントを残していたのだが、 当時気がつかなかったその言葉に込められた思いを初めて理解できた。 それにしても ようやく松浦氏の言うところの「ポップ」という意味が分かったような気がする。 それはアルコ堂主宰者が理解している「ポップ」なるものの正体とは根本的に違うことも同時に。 彼がいうところの「ポップ」なるものの正体とは…、 やはりここでは回答を出すよりまず彼が残した音源を聴いてみることをオススメしたい。 その行為自体がもしかしたら「ポップ」なのかもしれないが。
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・インプット〜
BOOK「停電の夜に/ジュンパ・ラヒリ」
・言葉〜
「はるかに遠い人を思う」確実な気持ちと、
身近な他者による無理解が、数々の悲劇を
生むとするならば、当事者はどう生きるべきか。
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CD アルコ堂三年半の歴史において初めて小泉今日子の名前が登場したのではないか。 もちろんアルコ堂主宰者が彼女のファンで…ということではなく、 単にサウンドプロデューサーの魅力。 サウンドプロデューサーはあの菅野よう子。今更この場で声高に言うこともないが、 その異彩ぶりは小泉今日子のプロデュースにおいても遺憾なく発揮されている。 このアルバムの印象は一般的な坂本真綾。 菅野よう子による彼女のアルバムプロデュースの方法論が応用されている、といえるのではないか。 もっともアルバムコンセプトの「童謡」が一般的といえるかどうかは異論がありそうだが。 聴きどころはやはり坂本真綾テイストが引用されている「for my life」。 小泉の歌い方はほとんど坂本ということはデモテープにおける菅野よう子の歌い方が、 まさにこの歌唱方法ということなのだろう。こうなると彼女自身の歌も聴いてみたいと思うのはファンの欲目か。
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・インプット〜
BOOK「巡礼者たち/エリザベス・ギルバート」
・言葉〜
悪意ある善意、善意ある悪意とでは意味が違うのだろうか。
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パンフレット 小箱に演目紙とCDシングルが入っている特殊なパンフレット。 また某オークションで入手。こういう商品はコンサート当日にでも入手しない限り (ファンクラブ会員ならば通信販売という手段もあるが)入手することは不可能。 某オークションに感謝というところ。 CDシングルの内容は音楽と大貫妙子の朗読。 一般書籍とは違いコンサートパンフレットは、 特殊仕様が楽しい場合が多い。 単に書籍形態であっても嬉しいが、 巨大だったり、絵本だったり、ポシェットだったり、 カレンダーだったり、それがコンサートの楽しみの一つになっている。 さて、ここに遊びに来る方にとって一番大切にしているパンフレットは何だろう。
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・インプット〜
CD「ムーンライダーズのいい仕事!ユニバーサルミュージック編T」
・言葉〜
自分を取り巻く状況が社会的に認められているということと、
自分自身が偉いということを誤解して生きている人間は好きじゃない。
どんな立場にあっても常に謙虚な人間が好き。自分はそうなりたいのだが…。
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DVD
第一次世界大戦直後のイギリス。人々の心は傷つき、疲弊していた。 やはりイギリス映画はいい。 とにかく風景が美しい。派手ではないけれど映像が美しいというだけで満足できる。 国民性の違いなのだろうか、それはやはり。
それにしても、特典映像の本国でのオリジナル予告編と日本での予告編との違いが面白い。
同じ映画のはずだが切り口が違うだけでこうも別作品に感じられるとは。 結局のところ切り口次第で一つの物語は様々な形に解釈することができるということか。 映画に限らず、歴史自体もそうだし、日々垂れ流され消費され続けるニュースも同じことなのかもしれない。 少なくてもこの作品においては妖精の有無そのものが問題ではない、ということは確実に言える。 人々の意識の在り方がどう変化するのかということが問題なのだ。
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・インプット〜 DVD「フェアリーテイル」
・言葉〜
人は人を簡単に裏切る。
だから人を信じないという生き方もあるし、
逆に裏切られ続けてもそれでも信じ続ける、という生き方もある。
少なくても裏切る側には回りたくない。
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CD 大好きな歌と止まらないおしゃべり。 SとZの二つのウイッツ・レーベルに残した全ての楽曲をコンパイルした 嶺川貴子の最初!!!で最後???の贈り物。 リブロポートから刊行された「モンド・ミュージック」はとても好きな書籍なのだが、 特に2のインタビューは圧巻だった。 緒川たまき、片岡知子(インスタント・シトロン)、 それから嶺川貴子というアルコ堂主宰者が支持する三人が勢揃いという状況。 しかも単なる近況報告でお茶を濁すというものではなくて、 彼女たちの音楽嗜好をうかがい知ることができる、 いかにもモンド・ミュージック的なインタビューに仕上がっていて、 何度も読み返したものだった。 結局、品格がある人たちというのは内面のみならず、 外見にも反映されるということ。 やはり自分自身の顔を作り出すのは自分自身ということか。 余談はさておき、嶺川貴子のアルバムはほとんど聴いていたのだが、 本作が一番アルコ堂的と言えるかもしれない。実験的な作品が多い近作とは違い、 彼女の持ち味である声質を充分に生かしているアルバムに仕上がっている。 楽曲についても高橋幸宏作曲「My Love」、そして細野晴臣作曲「風の谷のナウシカ」などが 取り上げられており、非常にクオリティーが高い。「風の谷…」は細野晴臣作曲、戸田誠司編曲、 「銀河鉄道の夜/中原香織」に近いアレンジ、といえば雰囲気が伝わるのではないか。 「風の谷…」は、こちらの編曲の方が好きかもしれない。 ただ、音楽的に変化していくことについては異論はないのだが、 よい部分、特徴的な部分はできれば生かしてほしいと思うのは、 声質が音楽を聴く際の重要なキーワードになっている自分自身の欲なのだろうか。
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・インプット〜 CD「CHAT CHAT/嶺川貴子」
・言葉〜
一度嫌になるともう二度と好きになれない習慣は直せないような気がする。
逆に言うなら好きになるとそれしか見えなくなるということでもある。
人に限らず様々な文化についてもそれは言えるのかもしれない。
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CD 竹松舞の音楽に出合ったのは某海外製作DVD「プロポーズ/西村由紀江」だったような気がする。 なぜ西村由紀江と竹松舞の映像作品がカップリングされていたのかは分からないが、 未知なる音楽との出会いはそんな偶然から始まることが多いのだ、と解釈することにしたい。 ところでそのDVDにカップリングされていた竹松作品は「紀尾井ホールライヴ」。 演奏と話し方のギャップが激しい第一印象があったが、 くり返し見ていくうちに結局音楽を聴くということと本人のキャラクターというものは、 実は全く関連性がないということに気がついた。 結論として確実に言えることは「いい音楽」か「そうでない音楽」があるということだけ。 確かにキャラクターとしての魅力があるに越したことはないのだが、 (確かに彼女にはその魅力がある)音楽的に心に残らなければ全く意味がない。 キャラクターだけが突出した結果、音楽が置き去りになっている音楽家のなんと多いことか。 そして同時に彼女がハープという楽器を手がけていたからこそ、 その音色の魅力に気がついたということも確実に言える。 基本的に弦の響きは苦手なのだが、 ハープの音色は弦楽器の中でも別格という印象をうける。 例えばそれはララージのアンビエントシリーズに近い感触でもある。 天上界で鳴り響く水の流れのような音。 このCDではバッハ、サン=サーンス、ルニエなどはもとより、 ビートルズ、ジョン・レノン、エアロスミスといったアーティストも取り上げていることにより、 アルバム自体が閉じていない。一部の好事家だけのモノではなくもっと幅広い層に対して確実に アピールできる内容に仕上がっている。 また彼女の音楽(ハープの音?)には朝の光景がよく似合う。 特に早朝の空気感がその音から感じ取れる。 これは実に新鮮な音楽体験だったとここに記しておくことにする。
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・インプット〜
CD「妖精伝説/竹松舞」
・言葉〜 環境汚染の元凶は爆発的な人口増加。 それを助長しているのは農耕と医療。 それを抑制しているのは病気と戦争。 この結論がある意味真実だとしたら、 僕達は21世紀をどう生き抜くべきか。 それは一人一人の心の中にあるはず。
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CD インスタントシトロンの新譜は相変わらずキュートで愛らしい仕上がり。 片岡知子の声質、曲、編曲はもちろんだが、 特にジャケットイラストが作品全体のイメージを文字通り表現している。 もっとキャラクターが洗練されたら商品として売れるのではないか…。 それにしても惜しまれるのはこのアルバムを年末に聴かなかったということ。 あの12月の雰囲気がこのアルバムには奇跡的に封じ込まれている。 つまり意図的に作ったクリスマス用の作品ではないのだが、 あの独特の雰囲気が意図せずしてアルバムのそこそこに散りばめられているということ。 もう一つは日本語で歌って欲しかったということ。 実はマニアックなサウンドと日本語歌詞とのギャップを楽しみたかったと思うのはわがままな願いなのだろうか。
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・インプット〜
CD「ハーヴェスト/種ともこ」
・言葉〜 子ども(成人式を迎える世代ももちろん含む)に媚びる大人は大嫌い。 もちろんその逆も。 結局文化の中心が子どもだということに不満だということ。 本当の意味で大人が子どもを導くようなそんな文化が見たい。 というより見せるべき、大人が。
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CD 彼女の四作目は日本フィルハーモニー交響楽団との競演アルバム。 2000年に発売された村治佳織さんのアルバムと同じパターン(奇しくも同じロドリーゴの協奏曲を取り上げている)だったのだが、 果たして彼女たちの持ち味が充分に生かされているのかどうか。 というより、むしろ聞き手側がこの形式のアルバムをどう感じているかという部分の問題なのかもしれない。 もっとも音楽家として更なる飛躍を期待できるわけで実は喜ぶべきことであるのも事実。 この堂々たる演奏をぜひとも聴いてほしいと思う。 実力があってなおかつキャラクターが立っている音楽家が増えることは、 日本クラシックにとって将来的にきっと突破口になるのではないか。 クラシック部外者としてそう思っている。
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・インプット〜
CD「コンチェルト・セレナータ/竹松舞」
・言葉〜 自分にとってのルールを決めようか。
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CD あなたにとってリアルとは?という問いに対してどれだけの人が、 明確な回答を出すことができるだろうか。 この場合のリアルというのは言葉通りの現実、ということではなく、 一人一人がそれぞれ持っている現実のこと。自分らしくなれる場のこと。 実際にある場所とは限らず、心の中にある在処のこと。 そしてその在処をたくさん持つことが今の自分には必要なのかもしれない。 案外その在処は近くにあるはず。
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・インプット〜
DVD「遊佐未森MTV集/遊佐未森」
・言葉〜 「涙」
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