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| メディア・タイトル | 感想(その日の気分)・備考など |
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TOCT-10350
「レアチョコレート 1998.07.08リリース
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「GRACE」というアルバムについて考えている。 時々、自分のために作られた(正確には今自分が求めている)ような錯覚すら覚えるオムニバスアルバムが発売されるのだが、 多分このアルバムもそんな存在の一枚なのだろう。 特に高嶋ちさ子だけになったチョコレートファッション の音楽が本作に収録されていることには喜びを感じる。 同じく竹松舞作品にもいえることなのだが。 個人的にはヴァイオリンの響きは好みではないが、 選曲の妙、好みのアレンジ、演者のキャラクター性など全体的なイメージが良い (自分の趣味にあっている)ため、チョコレートファッションの音楽には共感をおぼえる。 なにより、高尚な音楽を「聴かせる」という姿勢ではなく、 自分の音楽を聴くことで音楽に「参加」してほしい、という姿勢が感じられることもあり、 音色の好き嫌いを越えて音楽そのものを楽しむことができる。 肩肘を張り構えて聴く音楽ももちろん必要だし、 個人的に難解といわれる音楽が好きだが、 果たしてゆったりした気分になりたい時に聴くに適しているのだろうか。 やはり彼女の作り出すような音楽は必要だし、なによりなければ寂しいのではないか。 そんなことを思うのだった。
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「おもいでエマノン/梶尾真治」 2000.09.21初版発行
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異国風の彫りの深い顔立ち。すんなりと伸びきった肢体。 ジーンズにナップ・ザック。ながい髪、おおきな瞳、そしてわずかなそばかす…。 彼女はエマノン、ぼくが出会った不思議な少女。 彼女は言った「私は地球に生命が発生してから現在までのことを総て記憶しているのよ」と。 彼女の口から紡ぎだされる、母から娘へと伝えられたさまざまな「地球」のおもいでたち。 最近読書をしていないのでリハビリ代りの一冊。こういう壮大なスケールの物語ってやっぱり好みだなあ。 私小説ってなんか肌に合わないかもしれない。
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TOCT-24813 「檸檬/遊佐未森」 2002.07.10リリース
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東芝に移籍後、遊佐未森のCDはほぼ二作毎に少しずつ路線を変更しながら一年に一枚のペースでリリースされているが、
今回の「檸檬」も路線変更後の一枚というところ。
本作は「蘇州夜曲」「月がとっても青いから」「アラビアの唄」などノスタルジックな歌曲を、
彼女の現代的な解釈で歌唱し直した作品集。 個人的には非常に好きなアルバムなのだが、数日聴いた程度で、 過去のアルバムと比較してあまり聴かないアルバムになっていうことはどういうことなのだろうか。 過去の名曲を取り上げ一枚のアルバムに仕上げた意欲は非常に好感が持てるのだが、 次回、あるいは次々回のオリジナル作品に期待することにしたい。
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TOCP-65297 「ザ・ベスト・オブ・オリガ/オリガ」 1999.10.14リリース
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今でも1994年5月にリリースされた「オリガ」を聴いた瞬間のことを忘れられない。
声質はもちろんだがそのねじれたポップな感覚を持った楽曲の数々のことを。 その感覚とは一体どんなものなのか、ということを説明することは必ずしも容易ではない。 文章を本当の意味で理解するためには文章の行間を読むことが重要だといわれているように、 音と音が作り出す音楽のマジックを感じなければ理解できない、とでもいえるもので、 やはりある程度彼女の音楽を聴かなければこの感覚は分からない。 本作は二枚のミニアルバム、四枚のアルバムから彼女のベスト曲を選曲したアルバム。 よって彼女の独特な音楽を、十分堪能できるアルバムに仕上がっている。 すべてのアルバムを聴くことができないならば、 せめてベストアルバムで彼女の音楽を俯瞰することから始めたい。 とはいうものの、結局のところ遊佐の影を追い続けているのかもしれない…。 なんと保守的な。
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EGCH-10005 「ライディーン・エレクトーン/内海源太」 2001.03.22リリース
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エレクトーンといえば小学校時代、音楽の時間に遊んだ記憶がある楽器のひとつ。 いかにも、という音色が出ることもあり、よくも悪くも玩具的な存在の楽器だったように思う。
正直なところ、YMOの楽曲の数々をエレクトーンで、
という本CDの内容にはあまり期待していなかった。
所詮、企画モノではないかと…。 ただ、それはYMOの価値が下がることに繋がりはしない。 いかにYMOを再現したところで、それはYMOそのものではありえないのだから。 重要なことは、演奏を再現することではなく、 あくまでも音楽そのものを生み出す発想の部分なのだから。 だからこそ、YMOの楽曲は歳月を経て、 スタンダードと化しているのだから。 このアルバムではエレクトーンでここまで出来るという、 その部分を楽しむことが一番重要なことなのかもしれない。 |
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WPC6-10207 「変革の世紀/坂本龍一」 2002.05.15リリース
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「ゴジラ84」で坂本龍一氏が音楽を担当(サウンドストリートで本人が候補にあがったが落選したと当時語っていた)していたら…、 という可能性を思うと実に複雑な気持ちになる。 その後、数年の空白を経て「ゴジラVSビオランテ」を皮切りに「VSデストロイア」まで、 いわゆる平成ゴジラシリーズがほぼ毎年公開されたわけで、 「ゴジラ84」をきっかけになんらかの形でこのシリーズの音楽に関わることになったなら、 特撮音楽の展開としてかなり面白い状況になったのではないかと思える。一特撮ファンとしての一つの見果てぬ夢、というところか。 ただ、坂本氏がワールドワイドに活躍している現在の状況を照らし合わせてみれば、 この時ゴジラ音楽を担当しなくてよかったのかもしれないということも同時に言える。 国内の特撮ファンと坂本ファンだけに彼の音楽を独占させることは損失でしかない。 結局のところ、歴史にもしも…という言葉は無意味なのかもしれない。 今があるからこそ、過去のもうひとつの可能性に思いを馳せることができるわけで、 仮に別の流れを選択したところで、結局別の形でもしも…を再び思うに違いないのだから。 余談はさておき、ようやくNHKスペシャルで坂本龍一氏による音楽を聴くことができるのは喜ばしいこと。 個人的に大河ドラマの音楽を担当して欲しいと思うのだが、 やはり時間と予算、なにより彼自身の作品に対する興味や関心がなければ仮に音楽を作ることになったとしても、 面白みにかけるものになるに違いない。制約のありすぎる仕事より自由に常に移動し続けるような、そんな音楽を作っていてほしいという気がする。 本作はベースになる一曲を様々なヴァージョンで収録したもの。 個人的には完全版が好み。なんといっても安心して聴いていられる。 いかにも教授が作る、教授しか作り出せない音楽という印象を受ける。 ただ、音楽はいいとして、実際に番組を見るべきかどうか迷っている。 下手に感情を盛り上げるように音楽が使用されているのならなおさら見たくない。 特にドキュメンタリーならばなおさら必要以上に感情に語りかけてほしくない。 あくまでも事実を淡々と、なおかつ演出を必要最小限にしたそんな番組がいいのだが。 楽曲の出来と番組の出来は比例するものではないということもまた分かるのだが…。
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WPC6-10212 「桜のころ/坂本龍一+甲本ヒロト」 2002.06.12リリース
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坂本龍一氏が過去に作り出した楽曲の焼き直し(=リメイク)というのは列挙するまでもなく多数存在する。 例えば岡田有希子に提供し、自らの傑作アルバム「未来派野郎」でも取り上げた「バレエメカニック」。 これなどは中谷美紀により再度リメイクされた曲で、 傑作としかいいようがない作品だが、逆にオリジナルの印象が悪かったがリメイクの印象がいいという楽曲(逆の場合もあるが)もあるわけで、 本曲は後者の典型的な一例といえそうだ。 (ちなみに本作のオリジナルはsweet revenge収録のPsychedelic Afternoon) とはいうものの、実はボーカルを担当している某氏に対する印象はかならずしもいいものではない。 基本的に声質も歌唱方法も好みではない。その上、歌詞そのものの一部に違和感がある。その部分は…、まあよしとしよう。 さらに付け加えるならばなぜこの時期なぜ教授が彼と共同作業をしなければならないのか、という単純な疑問がある。 だからリメイク後の印象のよさは実はボーカルを除いたインスト部分に対する印象でしかない。 カップリングされた坂本氏以外のアレンジがまた実に下世話なところがまた坂本氏の品のよさを際立たせてしまった。 というわけで非常に申し訳ないが物足りなさが残った作品の一つ。 やはりワールドカップ騒動の残した一つの企画モノというところなのだろうか…。
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VPCC-81424 「KYU-BOX./大正九年」 2002.04.17リリース
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孤高の宅録アーティスト大正九年。 超絶の打ち込みテクを次ぎ込んだ4thアルバム。 メジャー展開第一弾アルバムということだが、 音がまとまりすぎて今ひとつ面白みにかけるのは、 一般にアピールするためには仕方がないか。 レコード会社も慈善事業で音楽を市場に流通させるわけではないのだから。 もっともその状況を彼女自身が楽しんでいる雰囲気も伝わってくる。 結局のところ、メジャーだろうがインディーズだろうが、 根底にあるもの(音楽性うんぬんではなく資質のようなもの)は 変わりようがないわけで、その変わらない部分を見つけ出すこそが実は肝心なことなのだ。 いい意味でレコード会社と音楽家との騙し合いというところ。 「星空グラデーション」のテクノポップ度の高さから、 今後の大胆な活動を予想しつつ、もう一度「KYU-BOX.」を聴いてみようか。 もう電気グルーヴもナイス・ミュージックも存在していないのだ。 小さな希望はおそらく大きな何かに変わるはずだと信じながら…。
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BRUK-0009 「夏時計/セシル」 2002.07.19リリース
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今年の夏はオレンジ・ペコーに出会い、 田部京子のピアノに涙し、 夏の終わりにこのセシルに出会うことができ、 音楽に関していえば、 収穫の夏だったのではないかと思っている。 そもそも、セシルの音楽はもちろんのこと、 カンバラクニエのイラスト&デザインといい、 ゆきちのボーカル(以前絶賛したセラニポージのボーカルと同一人物だとは…。意外なつながりに驚き)といい、夏らしい雰囲気をかもし出している。 この夏の雰囲気というのは、暑苦しい夏ではなく、 夏の昼下がりのような心地よい時間の雰囲気。 さわやかな風の中で大好きな人と過ごしている、 そんな穏やかな時間を追体験できるような音楽といってもいいのではないか。 そして音楽は与えられて楽しむものではなく、 自分の嗜好に合うものを探し出すことが大切なのだ、という当たり前のことを思い出させてくれた。 もうすぐ夏も終わる。その終わる夏を惜しみながらセシルに出会えた喜びをかみしめながら、 音楽を何度も味わってみようか。
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CTCR-11063 「アウト・オブ・ザ・ブルー/システムF」 2000.11.08リリース
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トランスブームは2000年がピークだという説があるが、
いまさらながら急にトランス系の音を聴きたくなりCDショップで衝動買い。 ただ、今回の場合、どこか客観的で部外者の視点から見ているそんな居心地の悪さを感じるのはどうしてだろうか。 今の自分にはいわゆるテクノロジーがもたらす陶酔感を必要としていないのかもしれない。 ポップな音楽があればそれでいいという気がする。 それにしても、添付されている解説書の文体が10年前と少しも変わっていないことに対して 一種奇妙な既視感をおぼえる。 解説書はあくまでオマケであり、正確な情報さえ書かれてさえいれば、 特に心に残るような文章を求められない、ということは分かるのだが、何か物足りなさが残る。 と、どこか否定的な文章を書いてしまったが、同時に何枚か購入したトランスオムニバスアルバムに 収録されている曲と比較するだけでも、システムFの音は明らかに違うことが分かる。 ひとことで語るとならば、音に美しさがあふれているというところか。 地球の外から台風を捉えた映像をCDジャケットに採用しているが、 まさにそのイメージどおりの音。限りなく、そして深い蒼…。 残るのは結局のところ本質を捉えている音だけで、 所詮ブームに乗っただけの音楽は一時的なインパクトがあってもすぐに消えるのだろう。 聴き手側に対して、もっと言うならば音楽に対して侮辱的な態度で音楽を作ってほしくないという思いは、 果たして甘い考えなのだろうか…。
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COCD−9222 「ワールド・エンド/ラウンド・テーブル」 1997.08.27リリース
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男女二人ユニットといえば女性がボーカルという印象があるのだが、 このラウンド・テーブルは男性がボーカルを担当していてある意味で意外だった、というのが第一印象。 やはり個人的には女性が歌ってほしい気がするのは保守的なのだろうか。 それにしてもはっぴいえんどの系統を継ぐ音楽家は続々と現われるにもかかわらず、 フリッパーズ・ギター系統の音楽家がなかなか出てこないのはどういうことなんだろうか。 もしかしたら隔世遺伝のようなもので、十年以上経過しないと出てこないのかもしれない。 ただ、ネオアコースティックが小規模ながらブームになった80年代後半を迎える時期が、 実は一部の音楽家たちがフリッパーズの影響を受けた最初の時期だったという考えもある。 仮にその時点で潮流が途切れてしまったのだとしたら惜しい気がする。 いずれにしろフリッパーズも90年代の気分を作り上げたことに荷担した、 一つの要因であることは間違いないような気がする。確たる根拠はないのだけれど。 彼らの音についてはこのアルバムからしか知りえることができないが、 脆弱なように聴こえるが実はそうではない気がする。 脆弱さは単に表現方法の一つ。 むしろそれを長く続けることこそが実は過激ということなのだろう。 実は今回中古CD店で入手したこともあり彼らについて何も知らない。 1997年ファーストアルバムをリリースした後、果たして今も活動を続けているのか分からないが、 もし今も同じような活動をしているのだとしたら、アルコ堂として応援したいと思う。
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イエスタデイ・ワンス・モア2/小林信彦 1991.02.01発行
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30年前の東京に迷いこんだぼくは、好きになった女の子のために、1959年に留まることを選んだ。 だが、その7年後の東京で、父親がとんでもない窮地におちいっていることを知って、1966年夏に再びタイムトリップした。 ビートルズ来日公演の舞台裏で父親がかかわるもうひとつの事件とは?。 いまや伝説ともなったビートルズ来日の異様な熱気と興奮に包まれたあの夏の冒険物語。 「イエスタデイ・ワンス・モア」の続編ということで、 探していたのだが、なかなか見つけられなかったのは、 単行本のタイトルが「ミート・ザ・ビートルズ」だったということ。 素直に「イエスタデイ・ワンス・モアpart2」だったら、 ここまで悩まなかったのだが…と小林信彦作品の 熱心な読者ではない読み手側の言い訳なのかもしれない。 小林氏が某作家に批判された印象があるが、 個人的にはどうでもいいことだと思う。 ビートルズはあくまで題材に過ぎず、 描きたかったのはビートルズが来た時代の空気感だったのだから。 ただ、小林氏がビートルズにそこまでシンパシーを覚えていたかのかは、 また別の話。 もし自分が同じような物語を作り出すとするならば、 やはりYMOが素材になるのだろうか。 若き日の坂本氏、細野氏、高橋氏。 そしてそれに関わるたくさんの人々の虚実入り混じった物語。 …誰か書いてくれないだろうか。正直読みたい。
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COCQ−83599 「パヴァーヌ/竹松舞」 2002.08.21リリース
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16歳でセンセーショナルなデビュー以来、 常に注目を集めるハーピスト竹松舞。 今回のアルバムでは、もともとハープ以外の楽器のために書かれた名曲を、 アレンジャーに井上鑑氏を迎え、ハープのための作品に生まれかわらせました。 構成も、ハープソロを中心に、曲によってストリングスやもう一台のハープ、 そしてリズムセクションを加え、多彩な音世界を創り上げています。 前作「コンチェルト・セレナータ」のリリースが、 今年に入って間もなかったため、 随分リリースが早い、というのが実感としてまずある。 個人的に前作には竹松舞の現在の持てる力をすべてつぎ込んだ印象があったが、 本作は本来の彼女の持ち味があふれた音に戻ったという気がする。 本来の持ち味というのは、派手さはないが肩肘張らず聴くことができる可憐な音、ということに尽きる。 また選曲も比較的一般に知られている傾向ということもあり、 非常に聴きやすいアルバムに仕上がっている。一種企画的な趣のアルバムではあるが。 まずは冒頭の「アダージョ」をお勧めしたい。 映画ファンにはプラトーン劇中使用曲、坂本ファンにアルバム「ビューティー」収録曲というべきか。 秋の涼やかな雰囲気に溢れた非常にいい編曲が施された一曲に仕上がっている。 秋はもの悲しい気分になることが多々あるが、 この秋はこのアルバムとともに過ごす機会が多そうだ。
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CDを購入するという行為、それを聴くという行為は 一種の時間旅行だというのが自分自身にとって相変わらず実感としてある。 購入することはパスポートを入手することと同じだし、 聴くことは記憶のカギを開くことと言える。 時間旅行と同時に、日常の出来事について日記を書くという習慣がないアルコ堂主宰者にとって、 その一連の行為そのものが日記のようなものであり、 自分自身を自分自身の記憶に留める行為ということなのだろう、多分。 「ワールド・クリーク/ディ-・ライト」、 「スウィートピチカートファイヴ/ピチカートファイヴ」の二枚を聴くと、 1992年の北への旅を思い出す。その旅はアクシデント続きで、 いい思い出より辛い思い出しかないのだが、 今となっては辛い思い出が記憶の大半を占めていて、あの辛さがなければ、 あの旅の記憶など風化してしまうのではないかという気分になる。 そんな記憶の断片と寂寥感と静寂が聴く度に思い出される。 多分、言葉ではなくあくまで感覚的な、自分にしか感じ取れないもの。 秋になると聴きたくなるアルバムはそれこそ数え切れないほどある。 例えば「ビューティー/坂本龍一」だったり、 モナド観光音楽シリーズだったり、「音楽図鑑/坂本龍一」、 「さよならこんにちは/伊藤つかさ」「ベティ/小泉今日子」だったりするわけだが、 今日の気分はあの北への旅を思い出させてくれる、この二枚だった。 明日はどんな気分になるのだろう。 その気分のままに音楽を聴いていくことにしよう。 考えるだけでワクワクしてくる。
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SRCS-8927
「スターウォーズエピソード1 1999.05.12リリース
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スターウォーズエピソード2が公開されているこの時期、 エピソード2の音楽を聴かずに 三年前にリリースされたエピソード1の音楽を聴いている。 実に不条理を感じるのだが、それはアルコ堂らしいということでお許しを。 作曲家ジョン・ウィリアムズの派手で壮大な劇場音楽は、 個人的に好みではないが「運命の闘い」が特にいい。 それにしても、20世紀FOXタイトルと音楽に引き続き、 あまりに有名すぎるフレーズ「遥か彼方遠い銀河で・・・」に引き続き、 スターウォーズのメインテーマが流れるだけで、 気分はあの世界へと・・・というわけだが、 考えてみれば最初のスターウォーズの劇場公開が 1977年(日本公開1978年)。 それから途中十数年のシリーズ休止期があったものの、 四半世紀あまりスターウォーズサーガは続いているわけで、 その息の長さには驚かされてしまう。 余談だが、日本では宇宙戦艦ヤマトが劇場公開、 機動戦士ガンダムシリーズはまだ始まっていない。 もちろんイエローマジックオーケストラも まだその恐るべき影響力を発揮せず、 80年代の気分が形になったウォークマンも存在していない、そんな時代の話。
実は特撮ファンにもかかわらず、
スターウォーズに対して距離を保っていたのだが、
エピソード1のDVD化をきっかけに、
スターウォーズサーガの魅力に改めて気がついてしまったのだ。 次回エピソード3が公開されるのは今から三年後の2005年。 スターウォーズサーガの完結作品である同作の公開を今から待つとしようか。 追伸:それにしてもメディア日記でスターウォーズのことについて書くことになるとは思わなかった。 というわけでテクノ歌謡シリーズに収録された子門真人版スターウォーズでも聴くことにしよう。 この存在を知っている方はかなりのマニアと思われる。
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