1983アルコ堂メディア日記
2001年6月上旬分


このページはmimo1983がその日体験したメディアを紹介するものです。
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2001.06.01(金)

メディア・タイトル 感想(その日の気分)・備考など
本日のインプットメディア

BOOK
「猫の地球儀/秋山瑞人」

スカイウォーカーであると言うだけで宣教部隊に殺される時代。 三十六代目のスカイウォーカー朧が残したロボットと彼の人生のすべてが 詰まったビンを拾ったのは、朧の予言通り、三十七代目のスカイウォーカー幽で、 その幽は一匹のちっぽけな黒猫だった…。

…全然面白さが伝わらない文章ですね。 これは「猫の地球儀」に掲載されている紹介文ですが、 魅力が全く感じられない文章に仕上がっているます。 翻って小説ファンマガジン「活字倶楽部」での紹介では、

人間が何らかの理由で絶滅した宇宙コロニー。そこでは、知能を持った猫が、 独自の文化を築いていた。強者と戦うためだけに生きる白猫・焔と、 異端とされる、宇宙船の研究に身を投じた黒猫・幽が出会ったとき、 物語が始まる。

なんだか面白そうですよね。 同じ内容の本のことを話しているのにもかかわらず、 この違いは一体何でしょうか。 そして、この違いが後々まで響くから恐いものです。

ということで電撃文庫が実は今一番最先端のSF作品が出版されている文庫だったりするわけで、 時代は少しずつ変化していくのだなあと思う次第です。本好きな人は電撃文庫に注目。

今回の教訓:
「本の雑誌でもこの手の作品の特集を組むほどに、 異端だったジュヴナイルものが市民権を得たということか。」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月01日分



・本日の言葉

自分の意志とは別に変化するものにこそ、真実が隠されている。



2001.06.02(土)

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BOOK
「ドリトル先生月から帰る/ヒュー・ロフティング」

個人的に猫アレルギーがひどいため、正直なところ猫は好きではない。 というより動物自体が駄目なのだが。

昨日「猫の地球儀/秋山瑞人」の紹介をしながら猫の物語について考えてみた。 「夏への扉」「吾輩は猫である」「長靴をはいた猫」「ふしぎの国のアリス」「百年戦争」 「耳猫風信社」「口笛を吹くネコ」「綿の国星」「アタゴオル物語」「敵は海賊・猫たちの饗宴」等など(作者名は挙げません)、 単純に思い付くだけでこの程度の作品が簡単に思いつくわけで、 いかに猫が我々の身近に存在しているのかを窺い知ることができるというもの。

ということで、「猫の地球儀」を読みながら「ドリトル先生…」に登場する「月の猫」を思い出した。 いわば賢い猫の代表格のような猫。月の猫は独立心が強く、超野性的、神秘的な獣で、 共同体参加を拒んで猫族だけで暮らしていたが、その中の一匹がドリトル先生についてくる。 月の猫は月族同様に長命で、何千年も生きてきたがゆえに「長い長い年月の間に起こったいろいろの神秘や 不思議を胸に秘めながら、それを語るに足る相手がいないまま、悲しみにとざされた孤独な魂」を持っている。

余談ではあるが漫画家江川達也のデビュー作「BE FREE!」において、 主人公である笹錦が持つことになる無常感も彼自身の不死から生まれていたのだ。

何故人間は猫を愛するのか。 身近に存在していながら、どこか神秘的な動物である猫に。 それは様々な物語に描かれている猫の姿にカギがあるのかもしれない。

今回の教訓:
「緒川たまきさんも猫が大好き。御本人も猫のようだ。」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月02日分



・本日の言葉

坂口安吾の「白痴」はすごいなぁ。



2001.06.03(日)

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CD
「緑野原迷宮/国本佳宏」

何度かここに書いたような気がするが、音楽を聴く場合、もちろん曲自体がいいにこ したことはないのだが、それ以上に音色というものが重要だったりする。音色という のは香りのようなもので、これがよくないと音楽の魅力が半減すると感じるのは自分 だけだろうか。

音色にこだわるという理由は、結局個人的にYMOに始まるテクノポップが原体験と してあるということに尽きる。曲そのもの、あるいは音楽にまつわる思想などももち ろん大切だが、何より音色そのものに魅力を感じていたような気がしてならない。 逆にいえば音色が好きな音楽は、無条件で好きになる可能性があるということでもあ る。

アルファレコードの過去カタログを丹念に追っている方にはいうまでもないが、 このコミックイメージアルバムのサウンドプロデュースを担当している国本佳宏氏の仕事には、 テクノポップが持つ特徴の一つである音色の魅力を感じる。 当時ハウスサウンドが全盛にもかかわらず、あえて一種郷愁すら 感じさせる音色と打ち込みを取り入れたことはある意味で敬意に値するのではない か。ハウスでもテクノでもなくテクノポップの手法を取り入れたその方法論を支持し たい。 特に一曲目の「緑野原座フライト・プラネット」はまさに良質なテクノポップといえる出来。テ クノ歌謡ビクター編に収録されなかったのが不思議なほど。テクノ歌謡アルバムシリーズは好きだし、 素晴らしい企画ではあるが、もっとシリアスな構成にしてほしかったと思うのも事実。

さて、いい音色はいい音楽にとって必要不可欠の要素。もっと変わった音色が 使われている音楽を聴きたいと思う。例えそれがテクノポップでなかったとしても、 それを見つけ出す自信と耳だけはいつまでも持ちつづけたい。

今回の教訓:
「テクノポップはまだまだ死にはしない。」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月03日分



・本日の言葉

時間をかけてゆっくりと。



2001.06.04(月)

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CD
「FIVEYEARSFEYEQMUSIC」

某中古CD店でEYE−QレーベルコンピレーションCDを見つけた。EYE−Q レーベル自体久しぶりという気がするが、このCD自体が1996年リリースという ことで既に5年の歳月が経過している。

余談ではあるが、メディア日記ではこの既に〜年という表現が定着しているような 気がする。「古いもの」、「新しいもの」という区別は意味がなく、「好みのも の」、「そうでないもの」という分類で判断しているということか。

ディスクは二枚組。便宜的な分類だが、それぞれテクノ編とアンビエント編にわかれ ている。久しぶりにEYE−Qレーベルの音を聴いたためというわけではないのだが、 この手の堅い音(クラフトワーク、初期ZTTレーベルなど)が好みなのだなと改めて思うのだった。 テクノポップの弾けるようなポップな音色も好きだが、 重厚で鋼のような音色に対してもやはり心惹かれるものがある。

今回の教訓:
「堅い音色の音楽を作り出す音楽家を探しだしたい」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月04日分



・本日の言葉

「キルトに綴る愛」を見てました。



2001.06.05(火)

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CD
「戦場のメリークリスマス〜春咲小紅」

オムニバスアルバムというのは大々的な宣伝がない場合が多く、 発売されたことを知らないままに廃盤になることがある。 特に、廃盤後偶然にそのCDの存在を知ってしまった場合、 そしてそのCDがどうしてもほしいCDだった場合は深刻。

最近では各レコード会社が共同で企画した国内ソフトロック全集、 「ソフトロックドライヴィングシリーズ」がそのひとつ。 最近某オークションに出品されていたのだが、 有料化のための手続きが手間取ったため、 落札できなかった覚えがある。(しかも2枚!)

このCDは中期MIDI所属アーティスト(坂本龍一、矢野顕子、小野リサ、EP O、小林武史)によるベストアルバムなのだが、おそらく会員制の通販専用製品のた めに、 発売されたことが分からなかったものと思われる。 ある時期のMIDIファンとしては「危なかった」というところ。

もっとも、未発表音源が収録されているというわけではなく、 既発売音源が収録されているだけなので、特に貴重なCDというわけではない。 現に某中古CD店で550円で販売されていた程度。

とはいうものの、ある時期のMIDIレコード記録の盤としてみるなら、 それはそれでまた別の意味での価値がある。 鈴木さえ子の曲名ではないが、MIDIレコードの「やわらかな季節」の頃を回想で きるディスクとして大切に保存しておこう。

今回の教訓:
「廃盤になる前に購入しておきましょう。」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月05日分



・本日の言葉

予定していたことが突然キャンセルになると戸惑いませんか?。



2001.06.06(水)

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MUSIC
「惑星メーテル」

またエキゾサウンドの季節が巡ってきた。

一年に約三ヶ月間、マーティン・デニーや レス・バクスター、ウォーター・メロン、アーサー・ライマン、タク・シンドなどい かがわしくも美しい、世界のどこにもない空想の南国音楽を聴くことが出来る喜びを どう表現したらいいのだろうか。

ここ何年間はエキゾサウンドとならんでボサノバを 聴く機会もあるため、以前ほどの気分の高揚感はなくなっているが、あの音楽を聴い ている瞬間の気分はけっして失われることはないのだ。

さて、「惑星メーテル」はいわずとしれた1979年8月に公開された「劇場版 銀河鉄道999」劇中曲の一つ。一種神格化されているアニメーター金田伊功による クライマックスの惑星メーテル崩壊シーンはいまだに日本アニメ史における名シーンとして語り継がれてい る。個人的にもこのシーンでの動きと透過光の乱舞と音楽との見事な合致に酔いしれた覚えがある。

(余談だが、当時公開されていた劇場版アニメーション作品は、特にこのクライマックスの 劇的な破壊シーンが素晴らしい出来の作品が多いため、ぜひご覧になってほしいと思う)

宇宙戦艦ヤマトエターナルエディションシリーズ全7巻に引き続き、 リリースが開始された同シリーズ第二弾、銀河鉄 道999シリーズ。 同シリーズ第一弾である「劇場版銀河鉄道999」ディスクに収録されている本曲を久しぶりに聴いたわけだが、 意外なことに懐かしさより、まずエキゾサウンドと同じ感覚があることに対する驚きが あった。どこにもない南国をイメージしたエキゾサウンドと空想の中にある 宇宙をイメージしたこのアルバムとは、ある部分共通性があるということなのかもし れない。

いずれにしろ、魅惑的で幻想的なサウンドを聴くことは楽しい。自分の引き出しの多 さで様々な解釈の違いが楽しめるから。久しぶりに昔聴いた映画音楽でも聴いてみよ うか。少しでも人間的に成長しているのならば、 きっと新しい何かを発見することがあるだろうから。

今回の教訓:
「更に改めて聴いたところエキゾというより、映画南太平洋の世界だったりする。」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月06日分



・本日の言葉

どうすることもできないが、なんとかなる部分もあるのが救いというところか。



2001.06.07(木)

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CD
「ハッピーアニバーサリー、チャーリーブラウン」

 スヌーピーの音楽に出会ったのが昨年(2000年)5月の連休中だから、一年が 経過している。様々な偶然がなければ、この素晴らしき音楽に出会うことがなかったはずで、 音楽を好きでいてよかったと思う。

(海外の)カートゥイン映画音楽はいかにも分かりやすい音楽という イメージがあり、音楽が好きなアルコ堂主宰者ではあるが恥ずかしながら真剣に聴く ことがあまりなかったのだが、スヌーピーの音楽は非常に嫌な書き方かもしれないが「真剣に聴くべき類の音楽」だっ たのだった。

 このディスクはチャーリーブラウン生誕を記念したディスク。B.B.キング、 ケニーG、ジョー・ウイリアムスなどが参加した豪華な作品集に仕上がっている。 (とはいっても、個人的にはなじみがないアーティストたちではあるが)

残念なことにトリビュート作品にありがちな演奏者の個性や解釈が強すぎ、V.ガラルディ によるオリジナルの持ち味が失われている部分があり非常に惜しい。

 とはいうものの40年以上もの間、人々に愛されるキャラクター、音楽というのは一種凄みが ある。 キャラクターを創造するエネルギーももちろん凄いとは思うが、時代をこえ て、世代をこえて愛されるキャラクターに成長していることに対して。

作者が死んだ後も愛される作品たち。これこそが本当の芸術と呼ばれる類まれな存在といえるのかもしれない。

今回の教訓:
「この手の作品にはまだまだ未知なる音楽作品がありそうな気がする」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月07日分



・本日の言葉

興味がない出来事が多すぎるが、いちいち関わるまでもない、ということ。



2001.06.08(金)

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CD
「弱気なぼくら〜ナーヴァス/O.M.Y.」

世の中には様々な映像作品がある。 オリジナル作品こそ正統派で、コピーは所詮コピーだ、という暗黙の了解があるが、 果たして完全なるオリジナル作品など存在するのだろうか。

そもそもオリジナルとは何をもって定義するのか。 「独創的な、固有の、目新しい」あるいは 「複製・脚色・模倣などに対して、もとの形(広辞苑)」などと 定義づけられているのだが…。

逆にオリジナルとコピーを逆手にとり、引用につぐ引用で一つの作品を作った結果、 一種傑作と化してしまったアニメーション作品「トップをねらえ!」などが印象深い。

もっとも、この場合の引用はある特定の人々にしか分からないもので、 おそらく一般的な人々には引用元など分からないのではないか。 結局のところ、オリジナルだろうとコピーだろうと、 感動する気持ちというのは変わらないわけで、 重要なことは、別の部分にあるのではないだろうか。

さて「トップをねらえ!」が傑作になった理由には様々な要素があるだろうが、 少なくても「悪意」による引用がなかったことが、 その要因のひとつではないかと、この作品を見るたびに思う。 映像を作り出した先駆者に対する敬意と愛情に、 製作者たちのいわゆる「ユーモア」が附加され、 見事な作品に仕上がっている。 つまり、オリジナル、コピー論を越えた重要な部分の一つが、 「ユーモア」というものだと思うのだ。

さて、O.M.Y.の新譜「弱気なぼくら」についてである。 いつも感じることだが彼らの音楽には、その「ユーモア」を感じる。 ただしこの場合のユーモアは少なくても「(笑)」の中にはない。 あえて言うならば「ニヤリ」の中に隠されているといってもいいだろう。 歌詞が笑えるという部分ではなくて、音色が上手に再現されている、 オリジナルの特徴をよく捉えつつ、別の音楽として構築されている、 というような部分でのユーモア感覚といえる。

さらには単なるパロディに終始せず、 彼ら独特の世界観を展開しているという部分が興味をひく。 前記の広辞苑から「目新しい=オリジナル」という定義が正しいならぱ、 これは完全なるオリジナルといえなくはないか。

さらには1983年というキーワードに対するイメージを強化してくれたことに対し て、 個人的に感謝したいところでもある。

O.M.Y.という存在について、 Y.M.O.パロディバンド程度の認識ではなく、 先人に敬意を表したオリジナルバンドとして認識すべきなのだろう。 これからも引用から生まれる新しいオリジナル作品を作り出すであろう彼等の活動を見守り続けたいと思っている。

今回の教訓:
「個人的に好きな「shadows on the ground」を丁寧に取り上げてくれたことに感謝したい。」

本日のメモ

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1983YMOカレンダー−1983年06月08日分



・本日の言葉

話を聞くべき時に聞くことが大切。



2001.06.09(土)

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CD
「キルトに綴る愛」

久しぶりにこの作品を見てみたくなったので、 1983年06月01日分「猫の地球儀/秋山瑞人」の解説において解説の比較を行ったが、同映画についても同じように一部引 用しながら比較してみたい。あくまでも作品解説部分の紹介にとどめたことを最初に お断りしたいと思う。

○チラシ○
主人公は、結婚に懐疑的な大学院生フィン。彼女の祖母ハイは、かつて、一瞬の気の 迷いから、実の姉グラディ・ジョーと過ちを犯してしまった。キルト仲間のリーダー 格であるアンナは、昔、奉公先の屋敷で身分違いの恋をし、未婚のままマリアンヌを 生んだ。そのマリアンヌにも、パリでの忘れられない出逢いがあった。気難し屋のソ フィアにも、情熱的な恋と悲しい結婚生活の思い出がある。芸術家と結婚したエム は、夫の浮気に堪え忍ぶことを覚えた。また、コンスタンスは、最愛の夫を亡くした 心のすき間を、エムの夫との恋で埋めている…。7人7様。人生の先輩たちの、そん な昔話を聞きながら、フィンは、やがて自分自身の愛への結論にたどりつく。

▲どんなにいい映画であっても、まずは劇場にきてもらわなければ話にならない。 ということを考慮したのかどうか分からないが、比較的センセーショナルな話題作りが先行しているような 作品紹介の文章というところか。しかし主人公は一体誰なのかという、 富野作品のような状況になっているのが、マイナス点といえよう。

○パンフレット○
小さな布きれに思いを込めて、果てしなく時間をけて縫い上げられていくアメリカン ・キルト。これは何十年もの間、キルト造りの仲間として集まってきた7人の女たち が、結婚に揺れる一人の若い女性に語って聞かせるそれぞれの愛の物語。情熱、裏切 り、不和、別離、そして真実の愛…なかなか口にできなかった。でも、いつか、どこ かで、誰かに話してみたかった。彼女たちは、今、自分の人生のそんなひとコマを、 キルトの図柄に丹念に縫い込めていく。年月を経て初めて語られる、小さな町の、小 さな愛の女性史である。 この映画は、それ自体が、まるで一枚のキルトにも似た構成になっている。色や柄の 全く違う布をはぎ合せて作るキルトのように、登場人物一人一人の回想が、不思議な 調和と温もりを持ってパッチワークされていく。

▲劇場にきてパンフレットをわざわざ購入するほど映画に感激した人の気持ちを そのまま代弁するかのような文章に仕上がっている。やさしさが見え隠れするという感じか。

○LD○
オーストラリア出身の才媛ジョセリン・ムーアハウスが監督を務め、アンブリン・エ ンターテイメントが自信をもって贈る、新旧有名スターがそろった深く美しいラブ・ ストーリー。 この夏、26歳の大学院生フィンは、祖母ハイとその姉グラディの住むカリフォルニ アの片田舎の家で修士論文を仕上げることにした。と同時に、結婚に対して懐疑的 だった彼女は、サムからのプロポーズを受けるかどうか、もう一度よく考えてみるつ もりだった。しかし、突然セクシーで情熱的なレオンが彼女の前に現れたことから、 事態が込み入り始める。そんな心揺れる若いフィンに、祖母のキルト作りの会に集 まった女性たちは、誰ともなく自分たちの人生をかたどったそれぞれの愛の物語につ いて語って聞かせる。 この「キルトに綴る愛」は、心にしみる温かい映像のタペストリーを通して、あふれ でる情熱、真の愛、裏切り、喜び、失恋の悲しみを鮮やかに描き出していく。まる で、道を求め、心のままに従う貴女を祝福するように。

▲劇場に足を運び、なおかつLDを購入するほど作品を好きになった人にとっては、 前記、チラシのようなセンセーショナルな解説は不要。 一番、作品の内容、本質的な部分が分かる解説に仕上がっている。 ・・・最初からこの宣伝文句にしておけばよかったのだ。 この作品に関しては、作為的に盛り上げる必要はなく、 そのまま紹介することが一番の宣伝になったはずなのだが。

おまけ:CD
この映画はキルトのモチーフひとつひとつに込められた女たちの愛の物語だ。

▲これだけ。それでも映画の本質を確実にとらえているとは…。

今回の教訓:
「といいながらさらにDVD化されることを待ち望んでいる」

本日のメモ

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本日、パソコン入院先の横浜から帰宅。長旅の疲れもなんのその、さっそくこき使われている。



2001.06.10(日)

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雑記
「ヘッドホンの旅」

最近仕事や様々な雑事に追われることが多い。 幸い仕事は嫌ではないのだが、 一日における仕事のウエイトが高くなり、時間の関係上、 HP更新作業が出来なくなることがある。

現実逃避とまではいわないが、時としてHP更新作業が、 気分転換の一つになっているため、 この時間が取れないことが非常に苦痛になることがある。

例えば、坂本氏の音楽を聴くことで「ここではないどこか」に行くことが出来るが、 アルコ堂に行く(更新作業をする)という行為こそ、自分にとって もうひとつの自分の居場所に行くことだということは間違いないだろう。

そんな時、短い時間で「ここではないどこか」に行く方法として、 眠りながら(ただ目を閉じているだけでいい)ヘッドホンで音楽を聴くようにしてい る。 特に体は疲れているが、気持ちは高揚しているような時、 この方法が実に効果的になる。

ただ音楽を聴くならば、自宅のステレオシステムでも、カーオーディオでもいいのだ が、 前者は日常茶飯事に追われそうな気分が残るし、 後者は運転に集中しなければいけない。第一、「ながら」聴きになりそうだ。

その点、眠りながら聴くという行為は、 眠りにつくまでただ音だけを聴いているだけでいいわけで、 本を読むという能動的な行為も必要ないし、考えすぎて眠れなくなるということもな い。 寝れなければそのまま音楽を聴いていればいい。

音楽の種類は特にこだわらない。テクノでもアンビエントでも映画音楽でも、 自分が好きな音楽で構わない。個人的には最近、映画音楽が多い。 ただし「安眠のための…」「癒しの…」などというような、 いかにも、という宣伝で売られているものではなくて、本当に自分が好きな音楽を聴 きたい。 効果がないとはいわないが、自分の好きな音楽くらいは自分で取捨選択したい。

聴く場合にはできるだけ日常のことは忘れ、心を音の世界だけへとはせたい。 同じ曲を聴くにしても、日頃歌詞を中心に音楽を聴いている人は、音の構成を中心に 聞いてもいい。音ばかり聴いている人は歌詞の意味を追ってもいい。日頃何気なく聴 いていた曲に別の輝き 感じることができたら、しめたもの。音楽がもっと好きになるはず。

特別な道具は必要ない。たったひとつのヘッドホン(出来る限り高性能のものがいい。それでも高額 というわけではない)とCDレコーダー、そして気に入っているCDだけ準備するだ けでいい。それだけで「ここではないどこか」へ行くことができるのだ。

小さい頃、病気で早退した覚えは誰にでもあるはずだが、 いつもと同じ道を通るはずなのに、いつもとは違う雰囲気を感じたことはないだろう か。結局のところ、ヘッドホンでの旅はその気分にかなり近い。 日常にいながら「ここではないどこか」に行くことができるパスポート。 日常に差異や亀裂を見つけることで、簡単にできる気分転換方法。

そんな自分の居場所をたくさん見出せるような余裕がほしい、そう思う。

今回の教訓:
「自分の居場所(現実になくても)がたくさんある人って好き」

本日のメモ

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1983YMOカレンダー−1983年06月10日分



・本日の言葉

人のため、間接的にでも役に立てるといいね。





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