1983アルコ堂メディア日記
2001年6月中旬分


このページはmimo1983がその日体験したメディアを紹介するものです。
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2001.06.11(月)

メディア・タイトル 感想(その日の気分)・備考など
本日のインプットメディア

CD
「浮気なぼくらインストゥルメンタル/Y.M.O.」

毎回思うのだが、このアルバムを聴いた後、 常に不安な気持ちになるというのは一体どういうことなんだろうか。

ちょうど、小さい頃、午後の昼寝を終え目覚めたが、 自分の周りに誰もいなかった時のような、そんな不安な気持ち。 オリジナル(といってもいいのだろうか)盤「浮気なぼくら」では、 あれほど聴いた後に爽快感が残るというのに。

思い当たる点といえばただひとつ。曲順が「浮気なぼくら」と違うということ。 よくアーティストが曲は完成したものの、 収録順に悩むという話を聞くのだが、つまりこういうことなのだろう。

考えてみれば、同じ楽曲を使用しながら、気分が晴れるアルバム、 物足りなさが残るアルバム、起承転結がはっきりとしているアルバムなどが作ること ができるわけで、選曲というのはアルバム製作上、重要な要素の一つだということだ ということか。

編集作業という行為は非常に重要。 音楽に限らず、映画も小説も洗練された作品を作り上げるためには、 必要不可欠な行為だといえる。

というわけで、CD−Rが内蔵されたパソコンの修理が完了したため、 自分なりの曲順で作ってみようと思う。 テーマはもちろん「不安な気分にならない」浮気なぼくらインストゥルメンタルとい うことだが。

今回の教訓:
「爆発的に売れる」選曲のCDも作れたらいいですよね。」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月11日分



・本日の言葉

時間の余裕がある時に限って、できないことが発生する率が高い。



2001.06.12(火)

メディア・タイトル 感想(その日の気分)・備考など
本日のインプットメディア

CD
「浮気なぼくら/Y.M.O.」

昨日に引き続き「浮気なぼくら」。ただしボーカルヴァージョン。

レコード会社による資金回収アルバムと位置づけられがちだが、 まったく意識したことがないのも事実。 (何度も書くが)個人的にY.M.O.作品中において、 実に興味深いアルバムに仕上がっている。 興味深い点とは音とシミュレーションという点。

1983年という時期はYMO自身による方法論が歌謡曲に流出した結果、 特別だったはずのYMOの音が特別ではなくなりつつあった前兆が見えはじめた時期 でもある。

が、そんな状況下彼らがとった方法論は、散開が決定事項となったことを利用し、 意識的に音で歌謡曲そのもののシミュレーションを行った、ということ。 その結果が彼らの音を長く聴いていたファンにとって意外といえるような、 過剰なまでのポップな作品に仕上がったのだ。
もっとも、それは特に新しいことではなく、 「テクノポリス」にしろ、ピンクレディーのパロディであったし、 1982年前後、YMOの面々による歌謡サイドとの密接な交流を思い出すだけでい い。

…ということは散々語られていると思うのだが、 興味深い部分は音自体よりむしろシミュレーションという部分にある。
O.M.YはY.M.O.の音に関する方法論をシミュレーションして、 音楽を紡ぎあげていったが、1983年のY.M.O.は自身を自身でシミュレー ションしたということ。歌謡曲にY.M.O.の方法論を奪取される前に、 自らが葬り去ってしまったということか。 結局のところ、O.M.Yの方法論をすでに18年以上前に、他ならないY.M. O.自身が展開していたのだ。

ある意味で1993年の再生騒動はこの時期の焼き直しにすぎなかったと感じる。 時間の経過は残酷で、ゆえに「テクノドン」はポップでなく彼らのコワモテの部分が全面に 出たアルバムに仕上がったということだろう。

それにしても外部ではなく自身にアンチを見出すという、これ以上過激な行為があるのだろ うか。 しかも奇跡的なことに自らを破壊しかねない行為の結果、 難解な作品ではなく、明るくポップで、なおかつアイロニーにあふれた傑作に仕上 がったのだ。

また、坂本氏による「音楽」では、分かりあえなさ、コミュニケーションの困難さを 歌いつつ、 「邂逅」「以心電信」ではコミュニケーションの可能性を歌っているわけで、 その矛盾がまたY.M.O.らしいのかもしれない。 まさにタイトル「浮気なぼくら」、たる所以である。

いずれにしろ、1983年発売後、18年。 おそらくこれからも愛しつづけるそんなアルバムの一つであることは間違いない。

今回の教訓:
「あの頃の気分に戻りたいような、そんな気持ちもある」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月12日分



・本日の言葉

結局、今が一番いいといえるようにならないと。



2001.06.13(水)

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CD
「ファイヤー・クラッカー/マーティンデニー」

いつ頃からだろうか。 YMOヴァージョンのファイヤー・クラッカーより、 マーティン・デニーによるオリジナルファイヤー・クラッカーが好きになったのは。

マーティン・デニーはずっと聴いていたのだが、 正直なところオリジナルヴァージョンは…、という感想しかなかった。 YMOヴァージョンの洗練された感覚と比較するのは酷だと思うが、 全く別モノとすらいえるほどの感覚の違いがある。

おそらくオリジナルを好きになったきっかけは、 デニー作品をはじめとするエキゾミュージックを深く聴き始めた時期と一致する。

余談ではあるが、個人的に一つのジャンルの音楽を気に入ると徹底的に聴きつづけな いと気がすまない。流行が終焉後、聴かなくなればそれはそれでいいのだが、性格的 に その流行が去っても結果的にそのジャンルの音楽を聴きつづけることになり、 結果として大量のCDが手元に残る。その繰り返しで聴くジャンルと枚数が増えていく。

エキゾに魅力を感じた人間は、しばらくその世界から戻ってくることができないと いう説を持っているのだが、つまりそういうことなのだろう。  一時期熱病のような状態で延々聴きつづけたが、最近ではその熱も収まってき た。とはいうものの、毎年初夏になると暑い日を過ごして自宅に帰る頃、エキゾサウ ンドをむしょうに聴きたくなるのはあの熱を知ってしまった者のさだめということな のかもしれない。

熱帯夜は寝苦しいが、そんな夜にこそ あの妖しくも美しいエキゾサウンドにふれることができる喜びがある。

そんな矛盾した感情も時にいとおしくなる。 同時に音楽の力を信じることができる自分自身に対しても。

今回の教訓:
「今年の夏も…」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月13日分



・本日の言葉

睡眠が先か更新が先かそれが悩み。



2001.06.14(木)

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CD
「リスペクツ/シンバルズ」

基本的にキーボード(鍵盤楽器)が中心ではないCDを購入するには勇気がいる。

特にギターサウンドが中心だとなおのこと。 何度も書いているのだがギターの音がどうしても肌に合わない。

シンバルズもギター中心のバンドで肌にあわないはずだが、 どこかシンパシーを感じるのはなぜだろうか。

その感覚はフリッパーズギターのファーストアルバムにも感じるのだが、 おそらく批判的精神にあふれているという部分に共感をおぼえるのだろう。 彼らの「引用」という批判的な行為に対する共感。

批判的行為は批判だけに終始しては意味がない。 批判する対象をいかに越えることができるのかが重要になる。 批判する側が理論的でなければ単なる批判に過ぎない。

発展的な批判を展開することができた時にこそ、次の新しい波がやってくる。 この場合の新しい波は、新しい「音」ということなのだけれど。

同時にその批判的行為を確実に受け止める受け手側の意識も重要になってくる。 単なる批判は分かりやすく支持を受けやすいが、 (自らを客観的にとらえながらの)批判的行為は一見分かりにくくなかなか理解されない。 つまりはそれを理解できる意識を養いたい、ということ。

彼らの音に耳をすまそう。
新しい「波」のために。
すべてはそこから始まる。

今回の教訓:
「アルバムジャケットのセンスはかなりいい」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月1日分



・本日の言葉

今も生きているのかな。



2001.06.15(金)

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雑記
「有料化記念 ヤフーオークションのこと」

OMYの新譜「弱気なぼくら」収録曲の一つ、 「レトロスペクティヴ」の歌詞の一部に共感している。

「毎日オークションをチェックして毎日昔を振り返る」

完全に共感を覚える歌詞。 結局、アルコ堂は「過去」派ということか。

某「フィギュア王」誌では、30歳以上の人間が作るHPは、 回顧調のものが多いという指摘があったが、 それのどこが悪いのだろうかと思う。 自分のたくわえた知識を個人から公的なものへ公開することで 貴重な知識が共有財産になるというのに。

それとも、日常の些細なことを書き綴るだけ、 あとは自己紹介とBBSだけのHPが支持され、 一般的だということならば、 アルコ堂主宰者がHP運営&更新しつづける意味などないのかもしれない。

余談がすぎた。今回はオークションの話。

約一年あまりオークションで落札を重ねたわけだが、 アルコ堂としては廃盤CDももちろん嬉しいが、 一番の収穫はやはり雑誌のバックナンバーだったような気がする。 例えば「幻想文学」、「アニメック」、「アニメージュ」といった趣味の延長上にある雑誌、 「ポパイ」、「ブルータス」といった80年代の資料としての雑誌、 その他、各FM雑誌、週刊コミック誌等など、かなりの量の雑誌を購入することができた。 そのため一室は完全に雑誌に占拠されるはめになっている。

確かに送料も含めると若干高い買い物かもしれないが、 探す手間、交通費、雑誌代などを考えれば格安ではないだろうか。 特にある程度まとまったバックナンバーが手に入るというのは非常にありがたいシステム。

残念ながら有料化になってしまったために従来と比較して、 出品量が約1/5になってしまった。 これまでのような出品があるのかどうか、 実は登録することに対して若干躊躇しているのも事実。

結局のところ、 当時、購入したが処分したもの、購入し損なったものを 一年あまりをかけてオークションで手に入れたということは、 ある意味、思い出を探す旅に出かけたように思う。 まさに「レトロスペクティヴ」のテーマだということに他ならない。

いずれにしろオークションで落札した過去の資料を、 どう生かしていくのがこれからの重要な点だと思う。 過去を振り返るだけではなく、 それを元にして未来を見据えることができるような、 そんな前向きな姿勢がほしいと思う。

とはいえ、その件について実は安心している部分があるのも確か。 これら資料に加え、今まで蓄えてきた情報と、 どう形になるのか自分自身楽しみにしている。

今回の教訓:
「若い世代ばかりもてはやす文化はもう飽きた。 大人が大人として自信を持って提示する文化を見たい」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月15日分



・本日の言葉

自信を持つことでなんだか前向きになれるという気がする。



2001.06.16(土)

メディア・タイトル 感想(その日の気分)・備考など
本日のインプットメディア

CDS
「ラストシーン/石野卓球feat.七尾旅人」

行き着くところまで行ってしまったかのようなかつての盟友砂原良徳の新譜を聴いた後では、 新鮮みに欠けるのは仕方がないところか。 新譜あるいはシングル発売を楽しみにしている アーティストの一人だけに、大いに期待してしまうのだが…。

今回の教訓:
「七尾旅人って誰?」

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー−1983年06月16日分



・本日の言葉

言いたいことは溜めずに、信頼できる人に話そう。 きっと糸口は見えるはず。



2001.06.17(日)

メディア・タイトル 感想(その日の気分)・備考など
本日のインプットメディアから

CD
「ウインズ・オブ・マイ・ハート/鈴木重子」

今日一日非常に疲れたのでCD購入を、と考えた。 大抵において新譜以外のCDを購入する時はこういう場合が多い。 いわゆる衝動買いだが、もともと聴きたい音楽が後回しになっているだけであるため、 衝動買いというよりきっかけ買いとでもよんだ方がいいのかもしれない。

ただし条件は@ボサノヴァものA女性ボーカルものB国内盤もの、というところ。 小野リサでもいい、と思いつつ、新しいアーティストの音楽を聴きたいという気分。 今年は本当にボサノヴァものばかり聴きそうな予感が今からしている。

ということで「ウインズ・オブ・マイ・ハート/鈴木重子」を購入。 おなじみの「波」「いそしぎ」などボサノヴァの名曲が収録されていて、 ひとときではあるけれど安らいでしまった。

考えてみれば季節ごとに洋服や髪型を変えることはあるけれど、 音楽についてはそこまで気を使うことはあるのだろうか。 一般的に生活している場合、その時期にヒットしている曲を聴くことが多いのではないか。 つまり季節感とは無縁の音楽生活。あまりにもさみしいものがあると感じるのは自分だけ?。

もっと季節ごとに音楽も着替えていいのではないか。 例えば、(個人的な定番ではあるけれど)初夏はエキゾ、夏はボサノヴァ、秋は映画音楽、初冬はテクノ、春は女性ボーカル、梅雨の時期はクールジャズという風に。その合間に様々な季節感とは関係しない自分が好きな音楽を聴く。

音楽こそがすべてとは言わないが、音楽くらいは自分で取捨選択して聴きたい。 あるいはもっと気をつかいたい、そう思うのだが…。

・本日の教訓
「といいつつ彼女の声は好みではないかもしれない。」

本日その他のインプットメディア

MAGAZINE
「電撃特撮通信VOL.5」

特撮の世界も特撮技術より、 役者のルックスが先行するなど、ずいぶん変わったが、 観客が多くなるということはけっして悪いことではない。 つまり、その後何が残るのか、ということだ。



CDS
「制服宣言/制服向上委員会」

独自の活動をみせる彼女たちではあるが、 けっしてメジャーになれないであろうさみしさと 安心感があるというのは、やはりいつのまにかファンになっているということか。

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー〜1983年06月17日分



・本日の言葉〜

ついつい真剣になってしまうのは性格なのか。



・本日のアクセス数(朝・起動時)〜164,273アクセス



2001.06.18(月)

メディア・タイトル 感想(その日の気分)・備考など
本日のインプットメディアから

CD
「アトラス/サイズ」

長年ある特定のアーティストのCDを聴いていると、 時としてぼんやりとしたモヤのような雰囲気に包まれたCDに出会うことがある。

例えば本作もそうだろうし、「トロピカル・ダンディー/細野晴臣」、「モモイズム/遊佐未森」、 「ウェルカム・バック/矢野顕子」、「NEO−GEO/坂本龍一」といったCDもその類だと思う。

あくまでも個人的見解ではあるが、不思議なことにこのモヤのような雰囲気に包まれたCDは アーティストにとっていわゆる最高傑作という作品ではないように感じる。 果たしてモヤの正体は一体なんだろうか。

サイズのこの作品について言うならば、正直なところあまり好みではない。 あえて表現するならば物足りなさが残るということが一番近いような気がする。もっとも、そんな作品だからこそ、何度聴いても飽きることがない。飽きるどころか聴く度によい部分を探してしまう結果になる。言ってみれば聴く度新しい発見があるアルバムというところか。

結局、モヤの正体についていうなら、そんなところに答えが隠されているのかもしれない。

・本日の教訓
「アトラス」と「NEO−GEO」ってコンセプトが実によく似ている。

本日その他のインプットメディア

MAGAZINE
「幻想文学5号」

特集は伝奇ロマン。漂流民幻想の深層へ鋭く迫る様はもはや圧巻といえよう。 山田風太郎、五木寛之、半村良らのインタビューもさることながら、 ブックガイド50選の他誌の追従を許さない紙面作りはさすがのひとこと。



CDS
「虹/電気グルーヴ」

ホログラフ仕様のジャケットがなんと美しいことか。 そしてこの曲が彼ら(正確には石野卓球氏)にとって最高傑作楽曲ではないか。

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー〜1983年06月18日分



・本日の言葉〜

無責任な発言で人を苦しめるような人間には、 かならずその発言に自らが苦しめられるはず。



・本日のアクセス数(朝・起動時)〜164,511アクセス



2001.06.19(火)

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CD
「シグナル/サイズ」

松浦雅也率いるところのサイズの最高傑作アルバムにはやはりこの「シグナル」を挙げたい。 個人的に1990年7月1日発売のこのアルバムには思い入れが強いためかもしれないが。

キスに関する概念だけで歌詞を作ってしまった「KISSES」、 ストリングアレンジが絶品「遊びにきてね」、松浦流テクノ「Bronze」、 間奏部のアレンジが絶品としかいいようがない「氷のヴィジョン」、 サイズならではのメロディアスな楽曲「空の日」「風の鏡」、 つい涙が出てしまう「セパレイト・ブルー」、 サイズとしての宣言「GIMMIK」など粒ぞろいの楽曲がそろっている。

結局のところ、「ポップなものにはそのポップ度が高いほど実は毒がある」というのが自分なりの考えなのだが、 このアルバムはその一つであるのはいうまでもないことで、 今聴いても全く違和感を感じない。むしろ、21世紀最初の年が半年過ぎてしまった今こそその毒が効いているような気がする。 そしてその毒はおそらく音楽以外にも必要なもの。

多数の人間が、イメージだけで(何の根拠もなく)特定の人物や情報を簡単に支持、 信じてしまう国に生きているということの危険性に対抗できるのはおそらくポップなものだけではないか。 軽薄そうなイメージを身につけながら、鋭く激しい思想を秘めているような感覚。

毒を毒と思わせない方法論ですり寄る者に対してそれしかできない歯がゆさもあるが、 個人として考えつつ、思想なき思想を身につけたい気がする。 それが自分なりのポップということなのだろう。

・本日の教訓
「若い微熱はいつか失うけど淋しくないよずっと夢を見れば」

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BOOK
「カノン/篠田節子」

学生時代の恋人が自殺する瞬間迄弾いていたバッハのカノン。そのテープを手にした 夜から、音楽教師・瑞穂の周りに奇怪な事件がくり返し起こり、日常生活が軋み始める。 失われた二十年の歳月を超えて託された彼の死のメッセージとは?。幻の旋律は瑞穂を何処へ導くのか。 「音」が紡ぎ出す異色ホラー長篇。



MUSIC
「Wave/アントニオ・カルロス・ジョビン」

美しいという言葉はこのアルバムのために存在しているのではないかと思う瞬間が度々ある。 クラウス・オガーマンのストリングアレンジを聴くだけでも十分価値がある。 すべての音楽ファンにこの曲を贈りたい。これは確実にいえること。

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー〜1983年06月19日分



・本日の言葉〜

「批判」には「批判」を、という考えもあるが「批判」にはやはり「行動」しかないのではないか。



・本日のアクセス数(朝・起動時)〜164,776アクセス



2001.06.20(水)

メディア・タイトル 感想(その日の気分)・備考など
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CD
「サラウンド/クラムボン」

ボサノヴァアルバムの名盤「WAVE/アントニオ・カルロス・ジョビン」の魅力は もちろん楽曲と演奏にあるのだが、中でもクラウス・オガーマンのストリングスを忘れてはならない。 このアルバムを聴いた後では他のアーティストによるどんな演奏を聴いても、 彼のストリングスがないと物足りなく聴こえてくるから不思議だと思う。

クラムボンの最新シングルにおいてもストリングスが重要な位置を占めている。 言ってみればよいストリングスアレンジは楽曲に彩りを添えるということなのかもしれない。 後期「サイズ」を彷彿させる上品なアレンジに仕上がっている。

またはサビを惜しげなく楽曲冒頭に持ってくる構成が、 戸田誠司が率いていた「フェアチャイルド」を思い出させる。

「サイズ」も「フェアチュイルド」も80年代後半音楽空白時代を支えてくれたと思っているのだが、 ある意味では「クラムボン」がその流れを引き継いでいるのかもしれない。

「クラムボン」の魅力はなんといってもカラオケ未対応という部分にあると思っている。 特に個性あふれるボーカルスタイルに敬意をおぼえる。 上手な(何をもってそう定義するのか分からないが)ボーカリストはたくさんいるが、 いわゆる味があるボーカリストは少ない。 彼女はそんな一人なのだろう。

・本日の教訓
「クラムボンのニューアルバムが楽しみ」

本日その他のインプットメディア

MUSIC
「麗しのキスシーン/クラムボン」

カップリング曲も名曲だった。 けっして手を抜かない姿勢がいい。

本日のメモ

・本日の更新情報

1983YMOカレンダー〜1983年06月20日分



・本日の言葉〜

自分本位の考えでは駄目。



・本日のアクセス数(朝・起動時)〜164,986アクセス





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