メモリアル106
1983年の思い出
Kinuさん
1983年にひかれてこちらのホームページにお邪魔してしまいまして・・・
あまりの懐かしさにずいぶん長居していました。
はじめまして、私もうすぐ31歳になる主婦です。
1983年 今のところ一番心に残っている輝いていた年。
勿論、Y.M.O 坂本龍一でいっぱいの。
クラスの友達は、ほとんどがシブガキ隊で盛り上がっている中
私一人だけが異色扱いでした。
その後、部活動で知り合った先輩が同じファンということで意気投合・・・
そしておつき合い。
アッコちゃんの出前コンサートや
私にとって最初で最後の「Y.M.O散開コンサート」に一緒に行きました。
(11月23日札幌共進会場)今でも忘れられません。
本当に楽しかった一年でした。
ファンになったのは中学一年の冬休み
友達がお兄さんのレコード(公的抑圧・SOLID STATE SURVIVOR)
2枚貸してくれたのがY.M.Oを知るキッカケになりました。
今までに聴いたことのない音に、すっかり魅了され何度も聞き返しました。
それからは・・・ご想像通り、
Y.M.O関連の本やレコードをなけなしのおごずかいで買いました。
この頃ぐらいに「B-2UNIT」の「Thatness and thereness」を聴いて
坂本さんは良い!と思いました。
当時は新聞のテレビ欄を見れば「Y.M.O」の活字が毎日のようにあり
ラジオ欄にY.M.Oを見れば赤ペンでチェックを入れ録音に備え
一般家庭にビデオがない時代ですから
テレビに出ればしっかり目に焼き付けるようにして見入ってました。
サンストは初回から聴いてました。
良いテープは買えなかったし、
数もなかったので重ねて録音することが多かったです。
残っているものは、初回のものと胸キュンの3人揃って出ていた時のものです。
まだ他にもあるかもしれませんが・・・。
悔しいのは柄本明さんがゲストの時、私の名前が読まれていた・・・
そんなときに限って録音テープがなく・・・ついてないなぁー
当時、社会人だったら給料全部つぎ込んでいた・・・
テープも毎回録音できるように用意できたのに残念でしかたありません。
でも、このリスト見ていれば、だいたい聴いていたので、
どんな内容だったか思い出せるんです。
最近のことは、すぐ忘れるのに・・・この頃のことは鮮明に覚えています。
これを機に初回のサンスト聴いてみようかな・・・
テープの状態大丈夫かしら・・・
ちょっと心配。
あの頃の私に会えるようで楽しみです。
なんだか、ただの思い出話になってしまいましたネ。
こんな気分になったのは何年ぶりでしょう・・・未森さん感謝しています。
これからも、またお邪魔させてもらいます。
ではこのへんで・・・またお便りしたいと思います。
分かるという感じです。同級生ということでしょうね。文から察するに。
シブガキ隊(笑)
テープ本当に高かったですね。毎回録音していたのですが、
初期のリクエスト関係の回なんかは、重ね録りしていたりして、
今にして思えばとても惜しいことをしていましたねぇ。
最近思うのですが、不自由なことって実は幸せな部分もあるのではないのかなぁと。
例えば、映像関係について。
昨今過去の特撮番組がLDボックスとして市販されています。
嫌いな方ではないので、いくつか購入しています。
ただ、当時の記憶が鮮明になるのはいいのですが、
漠然とした雰囲気のようなものは購入することで、失われてしまう感じがあります。
不思議なもので、あれほど見たい見たいと思いながら、
いざ手に入ってしまうと、その雰囲気というか感覚は失われてしまう・・。
一般家庭にビデオがない時代、と書いていましたが、
それゆえに一回一回真剣に見ざるを得ないというか。
だから、記憶にその雰囲気も同時に刻みこまれるというわけで。
サンストも同じことですよね。
真剣に聞いていたからこそ、
リストを見るだけで記憶が甦るということは
少しも不思議ではないわけです。
そういう感覚的な部分をこのアルコ堂で取り戻すことが出来れば、
開設した意義というものがあるわけです。
今後ともよろしくお願いいたします。
未森幸月
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