メモリアル132
1983年とサンスト


有馬和彦さん


はっきり言って,涙,出ました。
1983年,私は13歳でしたが,
YMOの散開コンサートがNHKFMで放送された前後から火曜サンスト聞きはじめたのでした.
毎週毎週,教授が紹介する曲を(そしてついでにクロスオーバーイレブンでかかった曲を)
テープに録音した後は1週間の間何度も何度も聞き込んだものです.

それから16年ですか.
あのころの「通信講座」によって音楽の価値観のみならず,
文化的価値観までも方向付けられた人たちが集うHPがあったとは
ほんと震えるほどうれしい気持ちでいっぱいです.

特に思い出すのは「シブリク」です.
通信講座の中ではやや苦手科目的存在だったのですが,
リトルフィートの「ウイリング」(教授の発音では「ウイリン」と聞こえた)が
1984年3月13日on airだったというのもわかりましたし,
ほんとに当時の日常がいきいきとよみがえってきました.
ただのオタク集団になっていないところがすばらしいですね.

キープルも読んでました.
戸川純の特集記事で「オナペット宣言」という言葉が出てきましたが,
意味がよくわからなかったのを覚えています
(今でもよくわからないのですが(笑)).

YAMAHAのMK-100というポーターサウンドを買って
デモテープ特集目指して曲作りに奮闘していたものです.
でも結局出すことはできませんでした.
で,デモテープを投稿する,というのが実現したのは
1996年3月頃,ソリトンside-Bに送りましたが,no responseでした(涙).
でも,中一のころの思いを達成できた,という気持ちが得られただけで満足しました.

その後中沢新一の教えを探求してみたりと,
紆余曲折ありましたが,今は一介の内科医となり,
音楽とは縁遠くなってしまいました.

でもあのころ同じ時代を共有した人々と今ここで再会できたことに感謝したいと思います.

未森幸月さん,アルコ堂の皆様(まだよく全貌がつかめていないのですが),
ありがとうございます。



ご丁寧なメール、ありがとうございました。

まずは、アルコ堂は未森幸月単独のホームページであることをお断りしておきます。
コーネリアス=小山田圭吾さんのようなもので、アルコ堂=未森幸月ということです。

あと、集団だという印象を受けると思うのですが、
これもアルコ堂という設定の一部でして、
やはり更新作業、運営は個人ですべて行っています。
更新が遅れるので申し訳なく思っていますが。
(基本的に24時間以内の更新を心がけています)
もっとも、精神的なものでお世話になっている人、
また、このアルコ堂に遊びにいらっしゃる方などから、
毎回力を得ながら作業を進めているいるという意味では、
皆さんの力がアルコ堂を支えているといってもいいかもしれません。

そのうちアルコ堂の全貌が分かる時期がくると思うのでご期待のほどを。

涙ですか。とても嬉しい言葉ですね。
こちらこそ日ごろの疲れが解消される瞬間です。
ありがとうございます、という言葉はアルコ堂で言うべき言葉なのかも知れません。

で、機会がありましたら誕生日登録していただければと思います。
誕生日さえ分かりましたら、ここにリンクしておきますので。
遊びにいらっしゃってくださっている方にもぜひお願いしたいと思います。

未森幸月


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