メモリアル148
良き時代に、感謝、感激!


Windさん

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いや〜1983アルコ堂=未森幸月様、
こんなホームページを作って下って、感謝、感激、感無量、涙うるうるもんです。
今までのホームページ体験で一番はまってしまいました。
自分ではなかなかのY.M.O.マニアと自負していたのですが。
こんなマニアックなページがあるなんて・・・。
あの頃の良き時代がきのうの様に思い出せ、
脳ミソはバック・トゥ・ザ・フューチャー状態です! (古いっちゅうの!)
 
このページを読んで思い出してしまう単語はたくさんありますね〜。
サウンド−ル、テッチ−、キープル、OMIYAGE、シールド、
ブティックス・ブリックス・モノ、シーケンシャルサーキット、 
Profit-5、リンドラム、シモンズ、アルトサウンド、TAMA、poly moog、
フェアライト、アルプス1号、イミュレ−ター、etc...書けば切りがないです!。
 
次に、ページ読んでいてサンストの悲しき最終回を思い出しました。
たしか、最後に教授が生ピアノでサティーをパフォーマンスした後に、前?に、
『実は映画音楽またやるんですよ!』みたいな事を言った後、
客席から『何て言う映画ですか?』の質問の後に、『戦メリ!』(場内爆笑!)
『ま〜たやっちゃったりして!』
そんな教授のやり取りが思い出されました。
もう〜何から書いていいか迷うくらい懐かしいですね〜。

当時、僕が最初に見たY.M.O.の映像は、
小学校四年生の時の確か、テレ朝系列? の第二回ワールドツアーの映像でした。
その前から既に音は聴いてたんですが、こんな音が世の中に存在するのか! 
凄い、凄すぎるゥ〜と、弱い頭ながら物凄くショックでした。 
今でこそ、コンピューターミュージックなんて当たり前ですが、
それにしたって、今のサウンドには負けてないと思うし、
あの頃の音が、それからの時代の象徴、
母体であったとガキンチョ時代から思い続けてます。 
未森さんをはじめ、このホームページに興味持っている人は
きっとそうだと思います。
日本の誇りですね。

その音と、Y.M.O.の何とも言えないセンスにはまり、
なけなしのこずかい叩いてテープを買い、
サンストなどからの音源を頼りにドキドキしながらデッキの前に座ったものです。
レコード買うなんて、小学校の僕からすれば、
馬券当てるようなもんだったですからね。 
当時、TDKの90分メタルテープ、
ボディー全体もメタルでスケルトンのやつが、2000円もしました。
それには、ほんとに気に入ったものをいれてましたね。
そのうち、デッキ使いすぎてヘッドが磁化すると、
ボソボソ鳴りだして嘆いた事もありました。

Y.M.O.のアルバムの中では、まぁ、全部好きなんですけど、
テクノデリック が一番好きです。 
Y.M.O.の本気作とか言って一番セールスが
低かったって言うのは本当なんでしょうか?
もしそうだったとすれば悲しい!
君に胸キュンを出したのが解るような気がします。

未来派野郎も実にいいですねぇ〜。
あのアルバムが教授の分岐点だったように、僕も思えます。 
ブロードウェイブギは教授が今ニューヨークを
拠点にしているのが解るような気がしますし、
黄土高原は、まったくもって爽やか! 
バレーメカニックには歌詞の素朴さに涙した事もあります。
B面目は、全体的に教授の本性発揮といったところですかね〜。
一般にはあまり受けない感じ、と言うか、まさに坂本ワールド!
(当時、テープで買いました。今もラップ状態できれいに保存しています!)

なんか、まとまりのない文章になってしまいましたが、
これからもアクセスしたいと思うので、
良き古きY.M.O.時代の人たちのために
素晴しいホームページを運営していって下さい。
  ひょっとすれば、ダンボールの奥深くにサンストの録音が
残っているかも知れませんので、探してみます。 



長文メールありがとうございました。とても面白く読めました。

あまりに色々つっこむ部分があるのですが、
そのつっこみだけでコンテンツがいくつも作れます。
ちなみにソニーのスケルトンメタルテープには、
アルバム「パシフィック」を入れてました。
サウンドールも今見ていたところです。
リストも作りたいですね。

確かにアルコ堂主宰者はYMOのマニアではあるけれど、
プレミアムがついたCDをオークションを利用して収集するわけでもないし、
(そんな高額を払うくらいならば、別のCDをたくさん購入します。
実際そっちの方が様々な音楽にふれられるし)
メンバーの裏情報を積極的に知りたいとも思わないし、
コンサート、ライヴにも興味がないんですよ。実は。
あくまで公式データ、一般発売された音源=CDが中心なんです。
ただ、リアルタイムで音楽を聴いたりエアチェックしたり、
彼ら関係の情報が掲載された雑誌や書籍を購入したりはしています。

あとはYMO自体はもちろんですが、
むしろYMOの残した波及効果の部分が重要だったのかも知れません。
例えばサブカルチャーとか彼らの嵌まっている思想とか、
あるいは様々な音楽にふれるきっかけを作ってくれたとか。

考え出したらきりがないですけれど、
今の自分があるのはそういうものがあったからだと思うのです。
「継続は力なり」という言葉がありますが、
結局20年に及ぶそれらの蓄積がYMOマニアとしての
基礎になっているような気がします。
邪道ですかね、もしかして。

むしろ重要なのは、YMOによって自分がどう変わっていったか、
そしてYMOが与えてくれたものに対して、
自分はどんな恩返しが出来るのか、ということだと思うのです。

オタクやマニアという差別用語がありますけれど、
それを追求しつづけて何か別の表現方法を見つけることができたら、
それはオタクやマニアというくくりかたで終わりませんよね。
きっとプロという存在により近いのだろうけれど。
自分自身、それを今も模索しつづけています。

なにやら書いてしまいましたが、
非常に考えさせられるメールでした。
本当にありがたいものです。大切な時間を使ってくれてありがとう。

今後もあの頃を思い出せるような、そんなホームページを目指します。
ただし、そこで回顧だけに留めず、これをきっかけにして、
何か新しいものを作り出すことができるようなそんなページを目指したいものです。

mimo1983


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