メモリアル149
1980年、僕は


高見耕次さん

前の発言へ 次の発言へ

投稿者一覧表に戻る

初めまして、僕は33才です。
昨年の12月にようやく、NET環境が整いまして、
毎日NET三昧です。

そしたら、ある日、このHPに巡り会いました。

僕にとっての、YMOとの出会い・教授との出会い
そしてこのサウンドストリートとの出会いは、多感 な少年時代のモニュメントでした。

1980年、僕は中学3年生でした。
中学1年生の頃(つまりは1978)YMOに脳天 一撃を食らって以来、
僕の頭は毎日彼ら中心の 生活だったように、思います。

個人的には、すごく孤独な境遇にあった少年でした。
ある日始まったサウンドストリートは、かなり暗い 日々の1点の光明であった気がします。

痛いほど身にしみるような音楽との色んな出会い がありました。
日々がヘヴィーなほど、
それらの音楽は今まで 出会った見せかけのどれもよりもリアリティがあり
時には美しく、時には残酷なほどの輝きを感じました。

「こんばんわ、坂本龍一です。
今日からサウンドストリートを担当します。・・・」
そして、JapanのTakingIslandInAfrikaがかかりました。

あの薄暗い勉強部屋で夜な夜な、僕はそのテープを 静かな部屋で聞いては、
一時の安息と静寂に 身を置いていました。

今でも、僕の引き出しには当時のテープがあります。


僕個人は、最初の頃の、伏し目がちでshyな坂本龍一 にとてつもないシンパシーを感じます。

主にあるテープは、戦メリより前の初期のものが多い ですが、
当時エアチェックを絶対するんだ!と気を 張ってはいたものの、
疲れて横になってしまい眠って 録音出来ないで悔しい思いをしたり、
当時カセット テープが高かかったので、
泣く泣くほかのものを 録音して消えてしまった部分とかあって
今でもそれを 聞いてみたいなと、ずっと思ってました。

このHPで、そんな頃の同士に出会えればいいなと 思ってます。

今でも、音楽は聴きますし、
今や、自分でお金を 稼ぐようになって、
何不自由無くほしいものを手に 入れられる年齢になりましたが、
あの頃の、商業では 無い音楽との純粋な出会い・
気持ちが締め付けられる ような想い、
それからあのころの少年の自分を思うと とても切なくいとおしいです。

支離滅裂になってしまいましたが、
ホントすばらしいHPだと思います。
今度は、曲名とかを整理して投稿しますので 少し待って下さい。

こんな出会いをくれたことに感謝します。
ありがとう。

高見耕次


中学時代の思い出は何かこう濃密なものを感じます。
自分自身もそういう傾向があったのですが、
本当に丁寧に音楽を聴いていたと思います。
あの時期真剣に聴いていた音楽は今だに好きだし、
数多くの音楽体験が今の自分の基礎を作ったというのは、
間違いない事実ですしね。

もう一つ付け加えるならば、今の状況についても全く同じ。
収集すること=思い出ということには必ずしも直結しないということ。
ただ、あの頃の自分を忘れないからこそ、
そう思えるのだと自分で自分を納得させてはいるのですが…。

>僕個人は、最初の頃の、伏し目がちでshyな坂本龍一 にとてつもないシンパシーを感じます。

全く同感です。この当時教授ファンだった、
あるいはサウンドストリートファンだった方にとって、
これは共感できる発言ではないかと思います。
多分、ずっとファンでいる人にとってこれは共通感覚なんでしょう。
けっして今がそうではない、という意味ではないのですが。

いずれにしろ、せっかくのHPでの出会いは大切にしたいものです。
今後も遊びに来てくだされば、と思います。

mimo1983


前の発言へ 次の発言へ

投稿者一覧表に戻る


サウンドストリートの思い出を常時メールで受付けています。
掲載してもよろしい方は、その旨お書きください。

もちろん、サウンドストリートの思い出だけに限らず、
YMOラジオ、YMO関係などどんな内容でも結構です。
ホームページ自体の感想などもお待ちしております。
mimo1983への
お手紙はこちら
mimori@chokai.ne.jp



ホームページに戻る

All contents copyright
1983アルコ堂EX・mimo1983