メモリアル37
当時の思い出
98.7.22 島井 康行さん
ブルーは、あの渡辺真知子です。
NHKのサウンド ポップスという番組で矢野顕子特集をしたときゲストに
渡辺真知子さんがきたときの曲だそうです。
1966年12月生まれです。
ミュージック・マガジンを放送しているときは、
中学3年で塾から急いで帰り8時からの放送を聞いていました。
ミュージック・マガジンの坂本龍一の番組の本当の名前は、
「ミュージック・マガジン、おはこんばんちは坂本龍一 」 です。
ジングルには、左うでの夢のRELACHEの鉄の扉が閉まる音と
そのあとのAメロに続き
「おはこんばんちは坂本龍一 」 と暗い声でやってました。
それがCM明けごとにはいります。
以前から、サンストのことは、知っていましたが、
例のぼそぼそ声で何を話しているのか解らないのと、
かかる曲が暗いのできいていませんでした。
しかし、ミュージック・マガジンでは、
「おい、みんな民放では、こんなにしゃべれるんだぜ。」
「テクノの坂本でも、歌謡曲も聞くし、R&Bもきくぜ。」
「津軽海峡冬景色を聞いて、おもわずほろっとかもするんだぜ、テクノの坂本も。」
と本人も言うようにリラックスした放送でとても楽しかった。
その放送がなくなり、
しかたなく1982年4月27日の大島渚ゲストのサンストから聞くようになった。
やはりNHKではいろいろなプレッシャー
(曲とか話しの内容とか全てにテクノの坂本のイメージ)
があるように思った。
いつも、貴重な情報ありがとうございます。
なにぶん、聴いたことがない放送ですのでこうして寄せられる情報がとても楽しみです。
それにしても、私個人はサンストが基本であのしゃべりが肌に染み込んでいますので、
実際にその放送を聞くと坂本氏が陽気な放送ということで逆に違和感があるかも知れません。
(実際、不思議の国の龍一はその感が強かった)
ところで、この番組のスポンサーはどこだったのでしょうか。
やはり関西ローカル番組らしいので(?)地元の企業なんでしょうか?。
未森幸月
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